クロノグラフ腕時計 理想のリ・スタートが可能なフライバック機能

クロノグラフの重要なポイントはレバーの硬さ

クロノグラフ機構 バルジューcal.230

 

フライバック付きの名機 クロノグラフ機構 バルジューcal.230
フライバック付きの名機 クロノグラフ機構 バルジューcal.230

 

フライバックの機能は、愛好家たちを常に魅了しています。

しかし、そのフライバック機能ですが、機能としてはさほど難しいものではなかったのです。

リセットハンマーとキャリングアームというものを、「シーソー」で繋げる。

ただそれだけなのです。

クロノグラフ機構 cal.59
クロノグラフ機構 cal.59

しかし、それだけにも関わらず、フライバック機能というのは「難しい」と言われてきました。

それはなぜなのでしょうか。

その1番の理由は「シーソー」にありました。

ウォッチの中に、シーソーに割くためのスペースを用意することができなかったのです。

フライバック機構というのは、クロノグラフの動きを止めることなく、リ・スタートすることが可能な機能のことをいいます。

1936年のロンジン13ZNが腕時計型のクロノグラフとしては、初めてこのフライバック機構を導入しました。

19世紀の簡易型クロノグラフと、フライバックの設計は、ほとんど同じものです。

クロノグラフ針をリセットするためには、ボタンを押してリセットハンマーを動かすことが必要です。

同時にクロノグラフと、通常輪列の接続をカットするのは、キャンリングアームを跳ねあげたリセットハンマーなのです。

ストップ機構はついていません。

しかし、フライバックの祖となっているのは、ゼロリセットすることが可能な、センターセコンド付きのムーブメントなのです。

フライバック機構を、すでにあるクロノグラフにつけるためには、2つの条件があります。

1つは、ダイレクトリセットであること。

インダイレクトリセットは、リセットハンマーのバネを、チャージするためのものです。

リセットするためには、必ずスタートボタンを押して、レバーをチャージする必要があります。

そのため、フライバック機構のようにスタートボタンを押すことなくリセットすることができるものを、搭載することは不可能なのです。

もう1つは、フライバックを司っているフライバックレバーのスペースに、十分な空きがあることが必要となります。

時計ジャーナリストとして著名であるギスベルト・L・ブルーナー氏も、フライバックレバーの頑強さが、フライバックにおいて重要なことであると述べています。

彼は、ゼニスがエル・プリメロをフライバック化としたときに、アドバイスも行っています。

しかし、フライバックの付いた(405B)エル・プリメロには、フライバックレバーはついていません。

このムーブメントのどこに、フライバックレバーがついているのでしょうか。

クロノグラフ機構 バルジューcal.230
フランス空軍がバルジューにフライバック化を求めた クロノグラフ機構 バルジューcal.230
クロノグラフ機構 バルジューcal.230

フライバックレバーというのは、フライバックの心臓部とも言えるパーツです。

しかし、その構造は思っているよりも簡単なものなのです。

シーソーのように、リセットハンマーとキャリングアームをつなぐ役割をしています。

フライバックレバーは、リセットボタンが押されることによってリセットレバーが動き、押されるようになっています。

そして、通常輪列とクロノグラフの連結がカットされるのは、レバーが動いた反動により、キャリングアームが跳ね上げられるからです。

フライバック付きの名機 クロノグラフ機構cal.222
フライバック付きの名機 クロノグラフ機構cal.222
フライバック付きの名機 クロノグラフ機構cal.222

リセットと動力のカットを同時に行うための鍵となっているのは、フライバックレバーがシーソーのように動いているからなのです。

しかし、スペースの問題で腕時計にフライバックを載せるのは大変な困難でした。

ムーブメント上には、すでにブレーキレバー、リセットハンマーなどが占拠しているので、フライバックレバーを置く場所まではないのです。

ですが、現在のクロノグラフムーブメントのほとんどには、このフライバック機構を搭載しています。

どのようにスペースを確保しているのかというと、実はその手法は単純なものです。

既存のクロノグラフムーブメントの上に、フライバックレバーを無理やり被せているのです。

けれど、このスペースがないという問題は、フライバックにおいて大きな問題をもたらすことにもなりました。

強固なフライバックレバーがもたらす安定感

クロノグラフ史上最高の名機 クロノグラフcal.22
クロノグラフ史上最高の名機 クロノグラフcal.22
クロノグラフ史上最高の名機 クロノグラフcal.22
クロノグラフ史上最高の名機 クロノグラフcal.22

フライバックレバーを納めるためスペースがないので、フライバックレバーとその取り回しには余裕がありません。

そのため、あまりフライバックレバーを多用してしまうと壊れてしまうのです。

ですから、もしもフライバック機構がついた現行機を購入しようとするのであれば、最初から設計されたものを購入するほうがいいのです。

たとえば、IWCの自社製クロノグラフムーブメント、A・ランゲ&ゾーネの”ダトグラフ”、パネライの9100系などがそれにあたります。

フライバック機構が後付けされているものは、故障の原因ともなり兼ねませんので、あまりおすすめはできません。

唯一例外と言っていいのはゼニスくらいではないでしょうか。

過去に作られたフライバック搭載機も、現在とその実現手法は変わりません。

フライバックレバーを、優れたベースムーブメントに載せてフライバック化するのです。

しかし、以前のムーブメントは自動巻きではなかったこともあり、現在よりもスペースに余裕はありました。

ですから、理論上耐久性は非常に強く、取り回しも難しくはなかったのです。

では、ここでフライバック搭載機を2つご紹介しましょう。

まずはバルジュー222です。

これのベースとなっているのは、名機として名高い22です。

このベースにフライバックレバーを付けています。

リセットハンマーとキャリングアームが、横一線で並ぶように置かれているのが、レバーの取り回しをみるとわかるのではないでしょうか。

リセットハンマーを動かすことで、それに噛み合ったフライバックレバーが下方向へと押されるようになるのです。

押されたフライバックレバーがどうなるのかというと、それは軸の反対側に跳ね上がります。

そして、やはり噛み合ったキャリングアームを上方向へと押し上げるのです。

そこで、クロノグラフ車と秒クロノグラフの中間車の連結はカットされます。

クロノグラフ機構 バルジューcal.230
フライバック付きの名機 クロノグラフ機構 バルジューcal.230
フライバック付きの名機 クロノグラフ機構 バルジューcal.230

 

ロンジン社のヴィンテージクロノグラフ腕時計
ロンジン社のヴィンテージクロノグラフ腕時計
ロンジン初のフライバック専用機 クロノグラフ機構Cal.13ZN
ロンジン初のフライバック専用機 クロノグラフ機構Cal.13ZN

フライバックレバーの素直な取り回しこそが、バルジューのフライバックが信用を得るきっかけになった一因です。

バルジューは、フライバックレバーと分クロノグラフ中間車の受けを同軸にしたので、分積算計の機能を損ねずに理想的なフライバックレバーを与えることを可能としました。

後にバルジューは、小径の720Aや高振動版の235にもこの手法を取り入れています。

しかし、純粋なフライバック専用機として採用されているのが、ロンジンの30CHです。

フライバックに特化 クロノグラフ機構 cal.30CH
フライバックに特化 クロノグラフ機構 cal.30CH
フライバックに特化 クロノグラフ機構 cal.30CH
ロンジン社のヴィンテージ手巻きクロノグラフ腕時計

ムーブメントは最初から取り付けられているので、フライバックレバーは後付けにはなっていません。

その設計には、卓越したものが見受けられます。

リセットハンマー、ブレーキレバー、分クロノグラフ中間車の受けというようなものは、フライバックを完全に機能させるために安全に離れている場所へと置かれています。

13ZNは、スペースがないためにフライバックレバーに無理がありました。

そのため、その設計を反省したロンジンは設計を変更し、現在でもさまざまなフライバック専用機を誕生させています。

しかし、設計だけに注目すると、やはり30CHが突出した存在であることに疑いはありません。

30CHというのは、13ZNの影に隠れてしまい、なかなか注目されることはありませんが、本当の意味で近代的なクロノグラフムーブメントであるのです。

愛好家を魅了してやまないフライバック機構。

クロノグラフの設計を見ていても、これほど興味を惹かれるものは他にありません。

往年のフライバックのほうが現行のものよりも頑強ではあります。

しかし、ダイレクトリセットが年月を経ているムーブメントに与えてしまうその不可は、決して小さくはないのです。

ですから、あまりこの機能を多用することはおすすめできないのも事実ではあります。