ヴィーナスCal.188(7730)からバルジューCal.7750(ETA7750)への進化

1969年に初めて自動巻クロノグラフが発表されて以降、それから後に発表される腕時計というのは、基本的にはクオーツか自動巻のクロノグラフであり手巻きはありません。

それはそもそも、現代に置いて自動巻クロノグラフを作ろうとしたら採算が合いませんし、故障しやすいからです。

しかし、私たちはやはりそういった手間暇かけて作った手巻きムーブメントを搭載した腕時計の方が格上だと感じてしまうのです。

というわけでですね、今日のお話はそんな手巻きムーブメントから自動巻ムーブメントの歴史と、それぞれの特徴についてお話をして参りします。

このお話を最後まで聞いて頂くことで、一辺倒に手巻きムーブメントの方が良い!という考えが改められると思います。

 

目次はこのようになっております。

 

1.手巻きクロノグラフムーブメントの歴史

2.ヴィーナス社の歴史

3.バルジューCal.7730からCal.7733へ

4.クロノマチックCal.11の誕生

5.バルジューCal.7750の誕生

最後にまとめとなっております。

 

動画でご覧になる方はこちらから↓

手巻きクロノグラフムーブメントの歴史

スイスには、たくさんのムーブメント(エボージュ)ブランドが存在しますが、クロノグラフ用のムーブメントを作れる会社というのは、限られていました。

それは単純に、3針時計と比べると部品数も多いしそれに比例して、設計が難しくなるからです。

よって、全てのブランドが作れるわけではなく限られたいくつかのメーカーが、それらのムーブメントを製造し、それぞれのブランドはそのムーブメントを自社用にコンバートして搭載していたのです。

そのムーブメントメーカーの2強が、『バルジュー社』と『ヴィーナス社』でした。

バルジューの方が、多くのブランドに採用されていましたし知名度も高いですが、ヴィーナス社の方はブライトリングのクロノマット、ナビタイマーにも採用されたことによって、一気に知名度をあげることとなります。

それでは最初に、ヴィーナス社の歴史について解説して参ります。

 

ヴィーナス社の歴史

ヴィーナス社は1924年に、創業されたクロノグラフムーブメント製造会社です。

ヴィーナス社の最初のムーブメントは1935年のCal.140です。

このムーブメントは、一般的にギャレット社のマルチクロンに多く搭載されており今とは違い縦目になってるのが特徴です。

ギャレット マルチクロン-クロノグラフ-ヴィーナスCal.140

この文字盤は下記のように読みます。

 

・12時位置に時刻表示の時分計

・6時位置に30分積算計

・文字中央にクロノグラフ針

となっております。


その後、1940年に横目のCal.150と縦目のCal.170を開発します。

ギャレット クロノグラフ ヴィーナス Cal.150

ブライトリング ヴィーナスCal.170

この横目のCal.150をベースに改良されたのが、1942年にブライトリングが発表した初代クロノマットに搭載されたCal.175だったのです。

ブライトリング クロノマット ヴィーナスCal.175クロノマット誕生後、Cal.175に12時間積算計を搭載したCal.178が誕生し、これがブライトリングの1952年に発売されたナビタイマーに採用されます。

このcal.178は、ヴィーナス社の代表的なムーブメントであり、このムーブメントを知ってる方が一番多いのではないでしょうか。

ブライトリング ナビタイマー ヴィーナスCal.178

このように、縦目ムーブメントはCal.140から170に進化しましたが、おそらく視認性の問題から、横目クロノグラフが主体になりCal.150から175から178へ進化していくのでした。

ここまでは、コラムホイール式を採用したムーブメントでしたが、1920年代から始まった、ヨーロッパでの人件費の高騰で人の手が必要な、複雑ムーブメントの製造は採算が合わなくなってきます。

そんな時に誕生したのが、Cal.178の進化系であるCal.188です。

それではこちらの画像をご覧ください。

ヴィーナス社製ムーブメント-Cal.178と188の違い

まず左側が『Cal.178』で右側が『Cal.188』になります。

ほとんど同じに見えますが、地板(じいた)と輪列は受け継いでおり178に搭載されていたコラムホイールがなくなり、188になるとカム式が採用されています。

また、コスト削減のためにブレーキレバーも無くなっております。

このように、人件費高騰に対して安価に製造することができるムーブメントの開発を行なっていたものの、時代の流れに逆らうことができずヴィーナス社は1966年に倒産してしまうのでした。

そして、その倒産したヴィーナス社を買収したのが2つ目の会社であるバルジュー社だったのですね。

ではここからは、その後のヴィーナス社とバルジュー社のムーブメントの引き継ぎを見ていきましょう。

 

バルジューCal.7730からCal.7733へ

ヴィーナス社で誕生したCal.188は、バルジュー社に買収されたことによって基本構造はほとんど同じですが、Cal.7730という名前に変わります。

ですので、ヴィーナスCal.188とバルジューCal.7730は同じムーブメントだと捉えて頂いて問題ありません。

そして、先ほども説明した通りこれらのムーブメントはコスト削減のために、ブレーキレバーが無くなっています。

では、このブレーキレバーはどんな役割を果たしてくれるかと言いますと、簡単に言ってしますと『誤作動防止』の役割があります。

安価に作れるようになったといえども、精度に影響を与えるムーブメントというのは市販品では採用できても、軍用などの本当に正しい精度を求められるシーンにおいては、採用されることはなかったです。

そこで、バルジュー社はそんな問題のあるバルジュー7730(ヴィーナスCal.188)に改良を加え新型を発表します。

 

これが、バルジュー7733なんですね。

CWC バルジュー Cal.7733

見た目は大きく変わっていますし、ブレーキレバーが排除されていたことを問題視していたことから、新しくブレーキレバーが搭載されています。

やはり、あの5〜8本の柱が立っているコラムホイールの部品というのは、クロノグラフを動かすのに1番重要な部品であり、寸分の狂いのない精度と技術力が必要です。
コラムホイール
ですので、職人技という視点で見ればコラムホイール式に軍配が上がるでしょう。
要するに、コラムホイール式が高級機でカム式が中級機と言われる所以は、このブレーキレバーがなかった時代の名残りであり、今となってはそれらの機能面の違いはないと言って良いでしょう。

そして、このバルジュー7733を搭載したムーブメントというのは、クロノグラフもしっかりとした精度を出すことができると、証明されたためにイギリス空軍の時計として採用されていくこととなるのです。


イギリス空軍に向けて作られたクロノグラフ ファブフォー

プレシスタ、CWC、ハミルトン、ニューマークから納品されましたが、文字盤がどれも酷似しているのが分かると思います。

そして、これらに搭載されてるムーブメントは全てバルジュー7733なのです。
もちろん、軍用だけでなく市販品の時計にも搭載されて販売されていきます。

このブレーキレバーを搭載したバルジュー7733を最後に、次は自動巻クロノグラフ開発競争時代へと突入していくのでした。

クロノマチックCal.11の誕生

1960年代中盤、どのブランドも長年研究開発を行い、実現を目指していた自動巻クロノグラフなのですが、実際のところどのブランドもそれを成功させることはできていませんでした。

そんな中で、自社だけでの技術では限界があると考えたそれぞれのブランドは、連合を組みます。

ホイヤー、ブライトリング、デュボア・デプラ連合でした。

そもそも、なぜここまで自動巻クロノグラフを作ることができなかったかというと、3針時計のモジュールに加えて厚さのある自動巻ローターに加え、クロノグラフ機能を搭載させるという、スペースと構造に問題があったからです。

そこで、デュボア社のジェラルド氏が提案したのは、クロノグラフモジュールと、マイクロローターの組み合わせでした。
マイクロローターのムーブメント

小さな半円が見えてるのが分かると思いますが、こちらがマイクロローターであり、それまでの大型のローターよりも小さく、スペースを確保することができたのです。

そして、そのマイクロローターの特許を持っていたビューレン社が、連合に加わり

1969年3月クロノマチックCal.11が発表されたのでした。
ブライトリング クロノマチック Cal.11
ただし、このマイクロローターを搭載した自動巻クロノグラフは弱点があり、当時のマイクロローターは小さいが故、巻き上げ効率が悪く、まだまだ改良を必要とする状態でした。

ちなみに、

その後にパテックフィリップが、77年にCal.240を発表してからが本格的なマイクロローター元年であると言われており、それまでのマイクロローターは普及したとは言える状況ではありませんでした。

バルジューCal.7750の誕生

よって、次期型を早急に開発していくのですが、それがCal.7750でありこのキャリバーは、ベース設計にバルジュー7733を転用して作られています。
ホイヤー バルジューCal.7750

これが、1973年の話でありCal.7750は世界初のコンピュータで設計された時計として、市場に出回りました。


コンピューター設計されたバルジュー7750の設計図


信頼性が高く、コストパフォーマンスに優れたCal.7750は、比較的厚くて大きなムーブメントです。

しかし、マイクロローターが持っていた巻き上げ効率の弱点を克服しています。

元々あった、構造とスペースも問題も克服し大きなローターを設置する、スペースを確保できたことが大きな進歩でした。(スイングピニオンが、クラッチがどうとかこうとか、って話をすると意味がわからなくなってしまうので、省略します。)

ローターが比較的大きく重いので、片方向巻上げであったとしても、ゼンマイを効率よく巻き上げることができるのです。

要するに、このバルジューCal.7750は、ヴィーナスCal.178とクロノマチック『Cal.11』の意志を引き継いだ最強のムーブメントということなのです。

その後バルジュー社はETAに買収され、ETA7750に名前を変更しますが、それでもこのキャリバーが今でも愛され続けるのは、機能性においてもメンテナンス性においても優秀であるからに他なりません。

別方向からアプローチした、

自動巻クロノグラフ連合であるゼニス、モバード連合、SEIKOの詳細については、こちらの動画で詳しく解説しておりますので、お時間のある際にご覧ください↓

 

 

まとめ

やはり、コラムホイール式とカム式を比較するとコラムホイール式の方が、高級機に搭載されてるイメージはあります。

それはやはり、高級機であることを裏付けするために、滑らかなボタンの感触が求められるからでしょう。

しかし、実際にはそれらの機能面においては今となっては、同じというのを理解しておく必要があります。

全ての高級機が良いのは当たり前なのですが、自分がどれだけのお金を出せるかとも相談しないといけません。

カム式が採用されていたとしても、きちんと構造と知識を持っていればそれらの選択肢を増やすことができます。


そして、手巻きクロノグラフからETA7750までをお話しさせて頂きましたが、全部が違うムーブメントではなく、DNAを受け継ぎながら進化してるのが分かって頂けたかと思います。

手巻きの中でのコラムホイール式、カム式、そして自動巻、それぞれに一長一短があり、それが持つ魅力を理解してこそのムーブメントだと思います。