トップガンでも使用された世界初の黒い時計ポルシェデザイン『クロノグラフ1 by オルフィナ』

トップガンで使用されているオルフィナの時計を動画で見る方はこちらから↓

現在大ヒット公開中の映画のトップガン・マーヴェリックが上映されておりますが、その映画でミッチェル海軍大尉が着用する腕時計が気になる、という方は多いのではないでしょうか?

この記事では、トップガンのミッチェル海軍大尉が着用していた腕時計について、徹底的に解説して参ります。

 

目次はこのようになっております

1.クロノグラフ1 by オルフィナとは?超簡単解説

2.ポルシェデザインとオルフィナの関係

3.バルジューの最高傑作 Cal.7750とは

4.世界初!黒い時計を生み出すPVDコーティング

5.クオーツショックの影響の中でも自動巻クロノムーブメント採用へ

6.デザインの変更へ

7.一般仕様とミリタリー仕様の違い

8.名場面で使用される オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1

 

オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1誕生秘話

クロノグラフ1 by オルフィナ デザイナー F.A.ポルシェ 『ブッツィ』

「必要は発明の母」という言葉があります。 

「ブッツィ」のあだ名でも知られる『フェルディナンド・アレクサンダー・ポルシェ』はこの映画で使用されている『オルフィナ by クロノグラフ1』のデザイナーです。

ポルシェデザインとオルフィナ社の『クロノグラフ1』が1972年に初めて売り出された時、これはスポーツクロノグラフのイメージを、根本的に再定義するような製品でした。

真っ黒の文字盤に白い数字とインダイヤルが配置され、赤い秒針が使われており、まさにポルシェ911のダッシュボードのスピードメーターとタキメーターのように見えます。

文字盤の周りに数字が刻まれ大きなタキメーターは、クリスタルで覆われており、

 

・12時方向に30分積算計

・6時方向に12時間積算計(耐久レースの際に使用されます)

・9時方向に秒針

 

が配置されています。

日付と曜日は、3時方向の2つの窓から見えるようになっています。

スポーツクロノグラフとしては、これだけあれば十分すぎる情報が読み取れます。

オルフィナ(ORFINA)ポルシェデザインクロノグラフ1

初の黒い時計であるオルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1

こんな時計ですが知識がないと、名前の意味が分からないので簡単に解説します。

 

ポルシェデザインとオルフィナの関係

ポルシェデザイン『クロノグラフ1 by オルフィナ』のポスター

もちろんポルシェといえば、時計のメーカーではなく車のメーカーです。

ポルシェデザインというのは、ポルシェから派生している会社であり、アクセサリーなどのデザインをする会社のことなんですね。

そこで、時計を製作するためのコラボレーション相手として、オルフィナというスイスの企業を選びました。

オルフィナを所有していたのは、イタリアのレーシングドライバーのウンベルト・マグリオーリさんで、皆さんもご想像の通り引退までポルシェのレーサーを勤めあげた人物でした。

よって、ウンベルトさんはレーサーでありながらオルフィナという会社の社長さんなんですね。

ウンベルト・マグリオーリ

こうして作られた製品のうち、初期のモデルでは日付と曜日の表示の上に、「オルフィナ(ORFINA)」の文字が後期のモデルでは、その部分にポルシェデザインのロゴであるpdが入るようになりました。

ポルシェデザイン『クロノグラフ1-by-オルフィナ』初期型と後期型の比較

また日付と曜日の表示の下には「ポルシェデザイン(Porsche Design)」の文字が入っています。

このポルシェデザイン クロノグラフ1は歴史的にも、かなり重要な時計だといえるでしょう。

というのも、この時計は史上初めて連続的に生産された黒い時計であり、ブレスレットの部分も同じく真っ黒のものが合わせて作られたものだからです。

(ビーズブラスト仕上げを施したスチール製のブレスレットのバージョンを選ぶこともできました)。

 

 

バルジューの最高傑作 Cal.7750とは

バルジュー7750

伝説のようなバルジュー7750

ではこの腕時計に搭載されている、ムーブメントを見てみましょう。

これだけの情報を表示できるうえ、4ヘルツの振動速度で、巻き上げ効率も非常に良く、かつ高精度で信頼性も高いクロノグラフを作ることができたのは、バルジューCal.7750という全く新しいムーブメントのおかげでした。

バルジューCal.7750を設計したのは『エドモンド・キャプト』という優秀な技術者です。

バルジューCal.7750設計士 エドモンド・キャプト(Edmond Capt)

ゼニス エルプリメロと、クロマチックCal.11が1969年に発売されたことを受け、バルジュー社では技術を寄せ集めた自動巻きクロノグラフムーブメントを作るよう、キャプトが任命されました。

キャプトはクロノマチックの特許を持っている、ビューレンからそれらを買取独自で新しいムーブメントを作り出しました。

Cal.11からCal.7750への進化の詳細については、こちらの動画で詳しく解説しておりますので、お時間のある際にご覧ください↓ 

まず、手動巻きのCal.7733ムーブメントをベースに設計を始め、当時はまだ最先端だったコンピューター技術を使うことで、コラムホイールの代わりに長方形のカムを搭載したムーブメントを作ることに成功し、安く簡単に量産することが可能になりました。(設計、製造の工程を大幅に見直したため)

ポルシェデザイン クロノグラフ1は1972年に「発表」されていたものの、初めて完成したサンプルが実際に購入者の手に届いたのは1973年でした。

しかし、この画期的な新しいムーブメント 『バルジューCal.7750』を搭載した時計としてはこれが世界初でしたし、スポーツクロノグラフの分野で日付と曜日の表示が搭載されているのも、バルジューCal.7750が初めてでした。

外装はもちろんのこと、ムーブメントもかなりの力の入り用が伝わってきますよね。

 

世界初!黒い時計を生み出すPVDコーティング

セイコーが3年前に、アストロンを発表しクォーツ危機をもたらした頃ですが、F.Aポルシェはこの新しい新型ムーブメントを搭載した、クロノグラフを作ること。

そして、これまで時計では使われたことのなかった『物理気相成長』いわゆる、PVDという新たな表面塗装をすることにこだわりました。

オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1 初期

バルジュー7750搭載の初期モデルは日付/曜日表示の上に、ロゴではなく「オルフィナ」の文字が入っています。(Christies Onlineより)


今となっては黒い時計もよく見かけますが、1972年当時には時計が黒いというのは衝撃的でした。

F.Aポルシェは元々、自動塗装技術などの別の表面処理を施そうと試していましたが、結局のところ満足のいく出来になったのは、時計の外装に金属を蒸着(じょうちゃく)させるPVDコーティングだけでした。

この技術は、1852年から考えられていたものではありましたが、やっと完成したのは1968年のことでした。

現在のDLCコーティングと比較すると剥がれやすいですが、当時はかなり画期的なコーティングであったといえます。

豆知識として、DLCコーティングとの違いなのですが、粒子の大きさになります。

要するにPVDの方が粒子が大きい為、付着が甘く剥がれやすいという事です。

パネライが、プレヴァンドーム ルミノール マリーナにPVD処理を施したのよりも20年も早くに、F.Aポルシェがこの処理を時計に使っていたということから、彼がどれほど先見の明のあるデザイナーであったかわかると思います。

 

オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1 文字盤

 

 

クオーツショックの影響の中でも自動巻クロノムーブメント採用へ

このクロノグラフが発売された、1970年代初頭の状況も併せて見てみましょう。

しかし1975年に、F.Aポルシェが時計を作り変えざるを得ない状況に陥りました。

バルジュー社はクォーツ危機により打ちのめされ、バルジューCal.7750に関わるもの全てを廃止するよう設計士のエドモンド・キャプトに命じました。

これを受けて、ゼニスのシャルル・ベルモがエルプリメロの製造のための工具を隠して残していたように、エドモンド・キャプトは廃止する代わりに、製作工具を全て隠したのです。

このことから、クォーツ危機の際に機械式時計の製造がどれほど差し迫った状況にあったか、お分かりいただけると思います。

しかし驚くことに、F.Aポルシェは動力をクォーツに変えるのではなく、リスクをとって機械式クロノグラフムーブメントのまま続行する事に賭けたのです。

(ですので、バルジューというムーブメントだけを作る会社があるんですよね。そして、外装とデザインを担当しているオルフィナとポルシェデザインという会社があるんですね。)

バルジューCal.7750ムーブメントの供給が止まることを受け(このムーブメントがセオドア・シュナイダーによりブライトリングクロノマットに搭載されて復活するのはまだ先の1984年になってからのことなので)、F.Aポルシェとマグリオーリはレマニアという、別の時計ムーブメントのメーカーに供給を依頼したのです。

オルフィナ ポルシェデザインクロノグラフ1 レマニア5100

レマニア5100を搭載したモデルは12時方向のインダイアルが24時間積算計になっています。(Watchpool24より

 

バルジューCal.7750からレマニアCal.5100へ

このようにして、バルジューCal.7750から受け継ぐ形で誕生したのが、1974年にレマニアCal.5100であり、それが発売された時には、その素晴らしさゆえに、まるで別世界から現れたかのような救世主だったのです。

 

具体的には、信頼性が高く、衝撃にも強く、読みやすい文字盤でありながら非常に安価なムーブメントとして作られたのが、レマニアCal.5100でした。

そのため、単純な形状のブリッジやプレートを圧延するのではなく、打ち抜いて部品を加工していました。

さらに、デルリンという高機能プラスチックを最大限に活用しています。

このムーブメントの中で、デルリンが使われているのは日付と曜日のホイール、切り替えカム、クロノグラフクラッチプレートの部分です。

バランスホイールまでにも、衝撃吸収性のあるデルリンのプレートが使われ、さらに時計の外装に衝撃が加わっても影響がないようムーブメントの周囲にデルリンの緩衝材を入れることで、外装からムーブメントを独立させていました。

また、このムーブメントには垂直クラッチを搭載することで、等時性に悪影響が出ることを永久的に防いでいました。

そして硬度の高い鉄製のベアリングの上に、プッシャーで回転子が固定されています。

バルジューCal.7750と同様に、レマニアCal.5100も明らかにモダンで4ヘルツ振動で動作し、日付と曜日が瞬時に切り替わるクイックセットとなっています。

こうした仕様となっているということは、仮に無人島でレマニア5100を搭載したクロノグラフを使ってココナッツや貝殻を叩き割ったとしても、少しも精度が失われないということを意味しています。

実際に、オメガ スピードマスターのムーブメントにレマニア5100が使用されており、オメガの専門家であるチャック・マドックスはレマニア5100の並外れた性能の高さを「究極の理想」だと述べています。

 オルフィナ ポルシェデザインクロノグラフ レマニア5100

 

デザインの変更へ

しかし、レマニア5100を搭載するにあたり文字盤側に影響があり、僅かでありながら重要な変更を加えて、オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1を再設計しなければなりませんでした。

ポルシェデザイン クロノグラフ1 by オルフィナ バルジューCal.7750とレマニアCal.5100の違い

レマニア5100では他のムーブメントと違い、中央のミニッツカウンターとクロノグラフの秒針が同一の軸で筒かなに乗っています。

クロノグラフの秒針は赤色のままですが、ミニッツカウンターは白色になりロリポップ針が使われ、分と同じ目盛を読むように作られました。

 

変更点は

・インダイヤルがkm表記からタキメーターへ

・12時方向のインダイヤルは24時間表示へ

 

つまり、60分を計測するクロノグラフということです。

 

この変更後の時計(具体的には7177および7178)もポルシェデザイン クロノグラフ1という同じ名前がついているので混同されやすいと思います。

オルフィナ ポルシェデザインクロノグラフ レマニア 一般向け

 

一般仕様とミリタリー仕様の違い

注意すべきなのは、これらのポルシェデザイン クロノグラフは、西ドイツ軍やNATO軍をはじめとする、各地の空軍向けに作られたミリタリーバージョンも存在するということです。

見た目における重要な違いとしては、ミリタリーバージョンでは分針の根元が黒く塗られ、先端だけ朱赤色で飛行機のような形状になっています。

ミリタリーの時計は、pdのロゴの代わりに「military」という文字が入っています。

さらにコクピットでの使用を前提としており、より時間が読みやすいようにインダイヤルはタキメーターの代わりに、12時間表記になっています。

また基本的には、ブレスレットではなく2本の革製のベルトストラップがついています。

ポルシェデザイン-オルフィナ-by-クロノグラフ1-民生品とミリタリーバージョンの違い

そして、ミリタリーバージョンのポルシェデザイン クロノグラフ1はバルジューCal.7750は存在せず、全てレマニアCal.5100が搭載されています。

オルフィナ ポルシェデザインクロノグラフ ミリタリー 文字盤

ミリタリーバージョンはクロノグラフの分針の根元が黒く、先端だけ赤色で飛行機のような形状になっています。(A Collected Manより)

 

オルフィナによるポルシェデザイン クロノグラフ1の製造は1972年から1978年まで続きました。

その中で、バルジューCal.7750からの切り替えは1974年から1975年にかけて、ちょうどレマニアCal.5100が発売された頃であったようです。

1978年にはポルシェデザインが、IWCとのコラボレーションを始めてオルフィナ ポルシェデザインと同じくらい有名な時計も作られました。

ですが、オルフィナの時計はF.Aポルシェが最初に作った時計であり、これまで作られてきた中で、最も重要なムーブメント2つをどちらも使用しているという点でやはり特別な感じがします。

 

名場面で使用される オルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1


ポルシェデザイン クロノグラフ1が登場した映像を挙げると、「クレイマー、クレイマー」ではダスティン・ホフマンが、「ザ・プロフェッショナルズ」ではマーティン・ショウが、そして最も有名なのは「トップガン」でトムクルーズが着用しているのがこの時計です。

ピート「マーヴェリック」ミッチェル海軍大尉が着用する時計として、この時計が選ばれたのは、レマニアを搭載したバージョンのクロノグラフが実際に世界中の空軍で公式の軍設備として選ばれていたことを考慮しても、とてもふさわしいチョイスであったと言えます。

(ただし、トムクルーズが映画で着用したのは、ミリタリーバージョンではなく一般市民向けのバージョンのタキメーター使用です)

そして、トップガン1でマーヴェリックが着用したポルシェデザインの時計を、プロデューサーのジェリー・ブラックハイマーがトップガン1の撮影が終わってから34年もの間大切に保管しており、今年公開となる新作のトップガン マーヴェリックでもトムクルーズが再び着用している姿が見られるのです。

トップガン トムクルーズ ポルシェデザインクロノグラフ

映画「トップガン」でピート「マーヴェリック」ミッチェル海軍大尉を演じるトムクルーズが、黒いポルシェデザインクロノグラフを着用しています。(Getty Imagesより)

 

しかしながら、トムクルーズよりもF1レーサーのレジェンドとして知られるマリオ・アンドレッティの方が、まさにオルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1が似合うキャリアを築き上げたといえるのではないでしょうか。

アンドレッティは、自身で購入したオルフィナ ポルシェデザイン クロノグラフ1を1978年のシーズンを通して着用していました。

ところがブラジルグランプリが終わり、イパネマの海岸へ散歩に出かけ、そこで昼寝をしてしまいました。

すると眠っていた隙に、愛用していたポルシェデザイン クロノグラフ1が盗まれてしまったのです。

この話がF.Aポルシェとウンベルト・マグリオーリの耳に入るとすぐに新しい時計がアンドレッティに送られました。

アンドレッティは、この時計を着用してシーズン中のレースでさらに5度も1位に輝き、モンザでF1チャンピオンに輝いた際にも身に着けていました。

マリオ アンドレッティ ポルシェデザインクロノグラフ
F1レーサーのレジェンドとして知られるマリオ・アンドレッティがオルフィナ ポルシェデザインクロノグラフ1を着用しています。(Getty Imagesより)

 

この素晴らしい時計が誕生してから早くも半世紀が経ちますが、F.Aポルシェが抱いていた高いビジョンや、クォーツ危機の厳しい状況においても機械式の時計にこだわったことに対する信念は、ますます大きくなってきています。

驚くことに、F.Aポルシェのデザインした時計は現在でも比較的手の届きやすい値段で購入することができます。

バルジューを搭載したモデルも、レマニアを搭載したモデルも、共に40万円から52万円ほどで、ミリタリーモデルになるとここから25%ほど高くなりますが購入することができます。