フランス軍が使っていたヴィンテージミリタリーウォッチ総まとめ
フランスといえば、さまざまなハイブランドが存在しますが、ミリタリーウォッチを連想される方は少ないのではないでしょうか。
しかし、第2次世界大戦が終わった後のフランス空軍のミリタリーウォッチは、イギリスとは違ったおしゃれな時計を作り出しています。
それでは早速参りましょう。
記事を5つのパートに分けると
1.フランス空軍のミリタリーウォッチの歴史
2.フランス空軍腕時計『TYPE20』とは
3.TYPE20を納品したそれぞれのブランド解説
3-1.ヴィクサ
3-2.ブレゲ
3-3.アウリコスト
3-4.ドダンヌ
4.『TYPE21』とは
5.裏蓋の刻印の意味は?
6.まとめ
となっております。
フランス空軍のミリタリーウォッチの歴史
ドイツの影響を受けるフランス軍用の時計
第2次世界大戦が始まったのが1939年ですが、ドイツ軍からの侵攻を受けたフランスは、翌年の40年に降伏することになります。
よって、フランスはドイツ軍、イタリア軍の管理下に置かれ武装を解除し、腕時計も含めた武器なども引き渡されてしまいます。
そのために、フランスのミリタリーウォッチというのは、その前の代表的な時計は存在しないのです。
しかし、その後のフランスのミリタリーウォッチは、逆転的に成長していくことになるのです。
最終的に第2次世界大戦の戦勝国となったフランスは、ドイツを管理下に置きフランスへの戦争賠償の一部として、VIXAがフランス軍用時計を製造し、フランス軍に供給するようになります。
このように、初期のフランス空軍の腕時計はドイツの影響を受けたものというか、ドイツの時計を自国用に刷新したものだと言えるでしょう。
先ほど、VIXAが出てきましたが時計の紹介の前に、フランス空軍のスペックについて解説しますね。
フランス空軍用の時計に求められたスペック
イギリス空軍にマーク11というスペックがあったように、フランス空軍にもタイプ20というスペックが求められました。
イギリスのマーク11の動画をまだご覧になってない方はこちらから↓
その内容は
1.ブラックダイヤルに、3時と9時の位置に30分までカウントできる 2つのレジスターが配置されていること
2. 夜光塗料を使用した針とアラビア数字インデックス
3.ケースサイズ直径が約38mm
4.フライバック機能を搭載
5.双方向に回転する12時間ベゼル
6.1日の日差が8秒以内の精度
クロノグラフは1分あたり0.2秒、30分での誤差は0.5秒以内
7. 35時間以上のパワーリザーブ
8.クロノグラフを少なくとも300回以上操作できる耐久性
でした。
これらのスペックを求められた時計ブランドですが、さまざまなブランドが軍の要請に従い時計を製造しました。
そして、それらのクロノグラフは『フランス空軍飛行テストセンター』(C.E.V=Centre de Vol de l'Armée de l'Air et de l'Espace)という場所でテスト・検査され納入されることになります。
1950年、最初にフランス軍に『TYPE20』クロノグラフを供給したのは、ヴィクサ(Vixa)とブレゲ(Breguet)でした。
その後、1954年にアウリコスト、1960年にドダンヌが公式サプライヤーとなりました。
今も現代型のType20を生産しているのはBreguet、Auricost、Dodaneの3社で、Breguetにおいては、それらの中でもクオリティの高さと、時計学的な意義から、他のブランドと一線を画しています。
このType20ですが、あるモデルを参考に規格されスペックが導かれています。
その時計はと言いますと、ハンハルトのフライバック・フリーガー・クロノグラフのことです。
フリーガーとは、ドイツ語でパイロットの意味になります。
要するに、フランス空軍が求めたスペックというのはハンハルト、もしくはグラスヒュッテチュチュマでありそれらの時計が基盤になってるのです。
ですので、ドイツ空軍が使用していたクロノグラフを理解しておくと、よりフランス空軍の時計の理解が深まるのです。
ドイツ空軍の時計については、こちらで詳しく解説しておりますのでお時間のある際にご覧くださいませ。
実際に採用されたブランドは4社あります。
1. ヴィクサ(VIXA)
2. ブレゲ(BUREGET)
3. アウリコスト(AURICOSTE)
4. ドダンヌ(DODANE)&エイラン(AIRAIN)
それでは、ここからはそんなタイプ20に採用されたそれぞれのブランドについて解説して参ります。
ヴィクサ(VIXA)
フランス空軍ミリタリーウォッチを語る上で、まず初めにヴィクサを語らなければなりません。
ヴィクサはドイツのメーカーであり、前身はドイツ空軍の時計専門メーカーでしたが、実際にドイツ空軍のクロノグラフには採用されていません。
おそらく、ムーブメントを作ることができず、外装パーツのメーカーだったからなのではないかと考えております。
そんなドイツ空軍に採用されなかったヴィクサですが、『TYPE20』はハンハルト社で製造さるようになりました。
よって、そんなヴィクサの時計のムーブメントには『ハンハルト社』のものが使用されています。
冒頭で説明した、戦争賠償の一部としてハンハルトで時計を作って名前をヴィクサに変更して、フランス軍に納品させたということですね。
そういった経歴を持つブランドなので、ヴィクサの時計はドイツ軍が採用していた『ハンハルト』や『チュチマ』の形状をほぼそのまま踏襲しています。
2つの時計を並べてみてみましょう。
左側がハンハルトで右側がヴィクサです。
まず外観なのですが、コインエッジベゼルが採用されており、ケースも真鍮製からステンレス製に変わっています。
針もコブラ針からペンシル針に変わっていますが、ほとんど同じでマイチェンくらいな感じですよね。
ムーブメントは、ハンハルト社製Cal.41そのままでCal.4054になります。
なのですがよ〜く見てみると、ハンハルトのものとは違いヴィクサの方にはインカブロックは搭載されておりません。
このような感じで、フランス空軍には、約4,000~5,000個のヴィクサのTYPE20クロノグラフが納入されました。
ちなみにヴィクサの名前の由来なのですが、フランスにブザンソンって地域があるんですがそこにタイメックス社のフランス工場があったんですよね。
そのフランス人社長の名前にちなんで、名づけられたと言われています。
ビクサ・TYPE20の基本情報
ケース:39mm
素材:ステンレススチール
ムーブメント:ハンハルト・キャリバー4054(ハンハルト・キャリバー40ベース)手巻き、17石
周波数2.5Hz/18000vph
パワーリザーブ36時間
ブレゲ式ヒゲゼンマイ
機能:時、分、フライバック・クロノグラフ、60秒・30分積算計
製造年 1954-1960
ブレゲ(BUREGET)
ブレゲは1954年から今に至るまで、フランス軍の公式サプライヤーであり、空軍、海軍航空隊にフライバック・クロノグラフを提供していました。
ブレゲにはファースト、セカンド、サードモデルが存在し1954年代〜70年代までをファースト、70年代〜90年代をセカンド、95年にサードモデルが発表され今では第6世代が最新となっております。
今日はセカンドまでのお話をします。
まずファーストですが、ブレゲには2パターンの文字盤が存在し、1つ目はロゴなしの30分積算計搭載で、2つ目はロゴありの15分積算計を搭載しているものです。
ロゴなしの方は2000個、ロゴありの方は500個の時計が納品されたと言われております。
搭載されているムーブメントは、レマニア社製Cal.22にフライバック機能を搭載させたCal.222です。
個体によって違いますが、基本的には菊リューズになります。
この2つのモデルがファーストモデルになります。
では次にセカンドになるのですが、セカンドになるとカウントダウンベゼルが搭載され、そのためケースサイズがファーストの38mmからセカンドでは40mmに拡大します。
左がファーストで右がセカンドですね。
また、1960年から1970年代までは、TYPE20の民間版も販売しており、民間版は『TYPExx』と呼ばれていました。
TYPE20とTYPExxの違いは、裏蓋から判断することができます。
裏蓋の話は後半の方に詳しくするのですが、裏蓋に軍用の物というのを示す刻印がなければ民間用ということですね。
民間版は軍には支給されなかった、3レジバージョンも存在します。
ムーブメントは、同じくレマニア社のものですがCal.23に変わりこれにフライバック機能を搭載させたCal.235が使用されました。
3レジの方は、Cal.22に12時間積算計とフライバック機能を搭載したCal.225が搭載されていますが、この3レジモデルは生産数が非常に少なく激レアモデルと言われています。
ちなみにマセイ・ティソからもブレゲとほとんど同じ時計が作られています。
マセイ・ティソも、TYPE20の製造に名乗りを上げた一社として認識されていますが、どうやらティソはブレゲの下請けとして、仕様通りのクロノグラフを製造していたみたいです。
資本関係があったかどうかはわかりませんが、ブレゲのために作られたものと考えられます。
よってマセイ・ティソは、ブレゲの名を冠したものと同一のTYPE20クロノグラフを、民間向けに自社ブランド名で製造・販売していました。
ブレゲTYPE20 第一世代スペック
Ref No. 5101/54
ケース:38.5mm
素材:ステンレススチール
ムーヴメント:手巻きのバルジュー キャリバー222
石数:17石
周波数2.5Hz / 18000vph
パワーリザーブ40時間
ムーヴメント361.3mm x 6.4mm
モノメタルテンプ、ブレゲゼンマイ
機能:時間、分、フライバッククロノグラフ、60秒・30秒積算計
製造年:1954-1960
アウリコスト(AURICOSTE)
アウリコストは、1854年の創業からフランス海軍、空軍と密接に繋がりを持ち、マリンクロノメーターの製造で知られています。
第二次世界大戦後には、パテック・フィリップと共同で、フランス海軍の電気機械式時計ネットワークを構築しました。
そのような、特殊な時計を作ることができる技術力が認められ、1954年から1955年にかけて、フランス空軍に2,000個以上の『TYPE20』を納入する契約を獲得します。
ケースは2パターン存在し、1つ目がステンレススチール製、2つ目が真鍮にクロムメッキ加工されたものです。
ケースによって、文字盤も微妙に違います。
ステンレスケースの文字盤は、ミラー仕上げがされておりクロムメッキケースの文字盤はマットな文字盤に仕上げられています。
採用されたのは、2つ目の真鍮にクロムメッキ版でありおそらく、製造費の問題からコストがかからない、クロムメッキを採用したのではないかと思われます。
ちなみに、ステンレスケース、ミラー文字盤タイプは200個程度作られたと言われています。
ムーブメントは、レマニア社製Cal.15TLにフライバック機能を搭載したもので、Cal.2040になります。
アウリコストのクロノグラフは、パイロットがフランスで訓練を受けていたアルゼンチン空軍と、モロッコ王国空軍にも販売されました。
実際に、1982年のイギリスとフォークランドの紛争では、アルゼンチン軍のパイロットが、TYPE20の時計を着用していました。
レマニアのムーブメントなのですが、イギリス空軍は積極的に採用したブランドです。
レマニアのことをまだあまり知らない。
という方は、こちらで詳しく解説しておりますので興味のある方ご覧くださいませ。
アウリコストTYPE20 スペック
ケース:38mm
素材:ステンレススチールか真鍮クロムメッキ
ムーブメント:レマニアキャリバー15TLをベースにしたアウリコストキャリバー2040の手巻き
石数:17石
周波数2.5Hz/18000vph
パワーリザーブ36時間
ムーブメント寸法33.3mm x 6.5mm
ブレゲヒゲ、インカブロック衝撃防止機構付き
機能:時、分、フライバッククロノグラフ、60秒・30分積算計
製造年 1954-1955
ドダンヌ(DODANE)
ドダンヌは1857年、アルフォンス・ドダンヌと義父のフランソワ・グザビエ・シュベールが、フランスのラ・ラッセに設立されたメーカーです。
ドダンヌ社(アルフォンス・ガブリエル・ドダンヌが率いる2代目)は、フライバッククロノグラフや戦闘機のダッシュボードに搭載する、オンボードクロノグラフに特化した製品製造を得意としていました。
その他にも、アメリカ軍や通信部隊のために航空時計を製造してきた、老舗ブランドという側面もフランス空軍からの信頼がありました。
1929年、レイモン・ドダンヌ(3代目)はブザンソンに工場を移し、より本格的な腕時計づくりを追求するようになります。
フランス軍用TYPE20を製造する傍ら、ドダンヌはフランス軍の様々な部隊が使用するすべての『タイプ20』と『タイプ21』の時計の修理も行っていました。
今出てきたタイプ21については、後ほど詳しく解説しますね。
ムーブメントなのですが、ドダンヌも、ブレゲ同様バルジュー・ムーブメントを使用していました。
(バルジュー・キャリバー22にフライバック機能を搭載したCal.222)
ですので、ここではムーブメントについての説明を割愛させて頂きます。
このドダンヌなのですが、エイラン、クロノフィクスのブランド名でも販売していたとされています。
エイランは別会社とする資料もあるのですが、どうやらエイラン銘はフランス軍のヘリコプターパイロットの名前からとり、ドダンヌ銘は、フランス軍の戦闘機パイロットの名前からとったとの説があります。
ちなみに、ドダンヌもブレゲ同様3レジのクロノグラフを作っていたようですが、これは民間用とかではなくヘリコプターパイロット向けに試作品として作られていたようで、ブレゲ以上の幻の時計だと言われています。
このようにして、ドダンヌは1950年代から1980年代まで、約5,000本の「タイプ20」と「タイプ21」のクロノグラフを製造しました。
ドダンヌ タイプ20のスペック
素材:ステンレススチール
ケース:37mm
ムーブメント:手巻きのValjoux Caliber 222
石数:17石
周波数2.5 Hz/18,000 vph
パワーリザーブ40時間
ムーブメントの寸法31.3 mm x 6.4 mm、ブレゲひげゼンマイ
機能:時、分、フライバッククロノグラフ、60秒・30分積算計
製造年:1950年代後半~1960年代前半、タイプ21は1970年まで
TYPE21ってなに!?
フランス国防省は、クロノグラフの品質と使い勝手を向上させるため、タイプ20の仕様を若干変更し、TYPE21を製造を依頼します。
20型と21型では、ほとんどの機能は変わりませんが、21型ではメンテナンスコストを下げるために、より頑丈なムーブメントが必要とされ、カウントダウンベゼルや、高い防水性などの新機能も要求されました。
そんなTYPE21サプライヤー候補に、ブレゲとドダンヌが上がりましたが、ブレゲの時計はフランス軍にとって高価すぎたため、ドダンヌはタイプ21の唯一のサプライヤーとなり、今でもフランス空軍に向けて時計を納品しています。
またドダンヌは、NATOの公認サプライヤーの1つにもなっています。
裏蓋の刻印を見てみよう
こちらはヴィクサのTYPE20の裏蓋です。
これらの裏蓋からは、様々なメーカーによって製作される中、それぞれの異なる魅力を生み出しつつも、どの時計にも共通した特徴を持っています。
それらの違いや共通する特徴についてご紹介します。
1.「FG」という刻印がありますがこれは「サービス済み」を意味します。
「FG」(fin de garantie)の略。
FGの隣にある数字なのですが、こちらはオーバーホールされた日付になります。ですのでFG24 2 73であれば1973年の2月24日にしましたよ!って事ですね。
これは頻繁に修理が必要だったために、サービスの日付が順番に刻印されています。
2.5100 54の刻印がありますが、これはヴィクサの契約番号になります。
他のメーカーもそれぞれの契約番号があり、その数字が刻印されています。
3.「P」という刻印がありますが、こちらはパリの航空時計修理専門工房『ペショワン』に送られたことを表します。
まとめ
フランス空軍のクロノグラフは、ドイツ空軍のものから大きな影響を受けてるのがご理解頂けたかと思います。
そして、それをただ引き継ぐのではなく、フランス流にアレンジして企画されたのがTYPE20であり、TYPE21です。
イギリス空軍のマーク11同様、ぱっと見では似たり寄ったりですがよくよく見ていくと、決められた要求の中で自社の個性を出そうとしてるところが窺い知れます。
こうったところが、私たちの時計のコレクション欲求をくすぶるんでしょうね。