ヴィンテージ ハミルトン・ミリタリーウォッチ(クロノグラフ)の特徴
ハミルトンは1892年にアメリカ・ペンシルバニアに設立された時計メーカーです。
その後スウォッチ・グループの一員となり、本拠地をスイスに移していました。
ハミルトンがイギリス国防省の時計を手掛けたのは1960年台後半から1970年台後半にかけて。
国防費の予算削減を迫られたイギリス国防省が新たな委託先を模索し、ハミルトン が請け負ったのが始まりでした。
その後1970年台後半になると時計業界に「クオーツの波」が押し寄せ、ハミルトンはイギリス国防省との契約を打ち切ることになります。
ハミルトンのミリタリーウォッチは「コストを抑えながら正確性を維持する」というイギリス国防省の要求を満たしており、今も多くのマニアに愛されております。
ハミルトン・6Bイギリス空軍用ミリタリーウォッチ
このカテゴリーには2種類の時計があります。
初期に製造されたハック機能なしのモデルと、後期に製造されたハック機能付きのモデルです。
ハック機能とは、竜頭を時間設定位置より引き出して秒針を停止させ、他の時計の時刻や正確な時刻に時間を合わせる機能です。
IWCとJLCが製造していた「マーク11」に外観が似ていますが「マーク11」より安価で見つけることができるため、コレクターの間では「Poor Man's Mark 11(マーク11の同ライン)」もしくは「ハミルトンのマーク11」と呼ばれています。
6B-9101000(ハック機能なし)
これは、ハミルトンが1965年ごろから製造した初期のモデルです。
イギリス国防省が出したDEF-3もしくはDEF-3-Aという仕様書に従って製造されました。
黒のダイアルに白のインデックス。
数字はアラビア数字でソード型の針と共に発光塗料トリチウムが塗布されています。
ダイアルにはハミルトンの名前とトリチウム使用を示す「丸T」マーク、そしてイギリス王室の所有物であることを示すブロードアローが配置されています。
ムーブメントはETA2390を改造したハミルトンのキャリバー75を搭載しています。
ケースバックにはブロードアロー、支給部隊を示す6B(イギリス空軍)、支給物品番号を示す9101000、Hマークと個体ナンバーが刻印されています。
製造されたのは約3200個のみと、貴重なミリタリーウォッチです。
6B-9614045(ハック機能あり)
これは、ハミルトンが1967年ごろから製造した後期のモデルです。
イギリス国防省が出したDEF-3-Bという仕様書に従って製造されました。
仕様書に基づきハック機能が付けられ、6B-910100から大きなデザインの違いはありません。
ムーブメントはETA 2390を改造したハミルトンのキャリバーS75Sを搭載しています。
ケースバックにはブロードアロー、支給部隊の6B、支給物品番号の9614045、製造年、個体ナンバーが刻印されています。
製造されたのは約1000個と、非常に貴重なミリタリーウォッチです。
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフ
「ミリタリー」と「クロノグラフ」、両方のカテゴリーをカバーするハミルトン・ミリタリー・クロノグラフ。
今でも人気が高い、入手困難なビンテージウォッチです。
1970年初頭、時代の流れから国防費カットを迫られたイギリス国防省は、パイロット用クロノグラフについてもコストダウンを図ることになりました。
その結果生まれたのが、コストを抑え汎用ムーブメントを搭載した、このミリタリー・クロノグラフです。
このパイロット用クロノグラフは、ハミルトンだけでなくCWC、プレシスタ(Precista)、ニューマーク(Newmark)の4社によって、1970年から1980年初頭まで製造されました。
まずハミルトンが1970年に製造を開始し、それに追随する形で1973年にCWCが、1980年にニューマークが、1981年にプレシスタが製造を開始しました。
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフのデザイン
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフの一番の特徴は何と言っても、左右非対称のケースです。
これは、この時計で最も注目すべき仕様だと言っても過言ではありません。
ケースを左右非対称にして左側よりも右側を大きくしているのは、竜頭とプッシャーを保護するためです。
竜頭とプッシャーがケースから飛び出ていると、パイロットが何かのはずみで時計をぶつけてしまった時に、竜頭やプッシャーを誤って作動させてしまう危険性があります。
その危険性をなくすためにケースの右側を「わざと」幅広にして、竜頭とプッシャーの出っ張りを抑えたのです。
もう1つの特徴は、溶接されたスプリングバーです。
スプリングバーが外れて時計をなくしてしまう、というアクシデントを避けるため、スプリングバーがケースに溶接されてあります。
これはミリタリーウォッチによく見られる仕様です。
ケースを真横から見ると、溶接部分が後から研磨され、表面が滑らかに仕上げられているのが分かります。
スプリングバーが取り外せないので、装着可能なストラップの種類が限られてしまうのが難点となっています。
そして、ダイアルの読みやすさも特徴の1つと言えるでしょう。
黒のダイアルに白のアラビア数字。
数字の12と6、丸いアワーマーカー、存在感のある太い時針と分針には、発光塗料トリチウムが塗布されています。
数字の12の下にはハミルトンのロゴと名前が、そして、トリチウムが使用されていることを示す「丸T」マークが控えめに配置され、さらにその下にはイギリス王室の所有物であることを示す「ブロードアロー」もついています。
9時方向にスモールセコンド、3時方向に30分積算計、ケースサイズは38.5mm、ラグ幅は20mmと、シンプルでコンパクト、機能的なデザインが採用されています。
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフのムーブメント
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフに搭載されているのはバルジュー7733ムーブメントです。
これはスイス・バルジュー社によって開発された手巻き式汎用ムーブメントで、1970年代には様々な時計メーカーによって様々なクロノグラフに搭載されました。
毎時1万8000振動と耐久性に優れ余計な機構も付いていないため、シンプルなクロノグラフに最適なムーブメントとなっています。
2つのプッシャーに2つのレジスター、30分積算計が付いています。
竜頭を1段引き出して回せばゼンマイを巻くことができ、上のプッシャーを押せばクロノグラフの始動・停止が、下のプッシャーを押せばクロノグラフのリセットができるようになっています。
竜頭を引き出すのはとても簡単です。
それに比べてプッシャーは、一見押しやすそうなのですが意外と固く、押し慣れるまでに時間がかかるかもしれません。
パイロットがグローブをはめたままこのプッシャーを押すのは、かなり難しかったのではないかと推測されます。
ケースバックの刻印の意味
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフは紛れもない軍用品です。
そのため、確実な方法で管理・追跡される必要がありました。
その作業を簡単にするため、このミリタリー・クロノグラフのケースバックには4つの重要な数字/アルファベットが刻印されています。
それは、
・支給物品ナンバー
・支給部隊
・支給年
・個体ナンバー
の4つでした。
ケースバックを見ると、一番上に支給部隊/支給物品ナンバー、その下に「ブロードアロー」が彫り込まれ、「イギリス王室の所有物」であることを象徴しています。
さらにその下には個体ナンバー/支給年の下2桁が刻まれています。
個体ナンバーには時計1つ1つ違ったナンバーが付けられています。
支給物品ナンバーの「924-3306」は同じ規格に沿って製造されたことを表し、4社共通でこの支給物品ナンバーが刻まれました。
支給部隊は次の通り、イギリスに2部隊、オーストラリアに1部隊ありました。
・0552: イギリス海軍
・6BB: イギリス空軍
・6645-99: オーストラリア海軍
このミリタリー・クロノグラフは軍の所有物であったため、ある部隊から回収したのち違う部隊から支給し直す、というように使い回すこともありました。
その例が写真の3番目と4番目の刻印です。
この2つの時計は、もともとイギリス海軍から支給されましたが、その後イギリス空軍から再支給されています。
3番目の例では、イギリス空軍を示す「6BB」がイギリス海軍を示す「0552」を隠すようにその真上に刻印され、「0552」は完全に見えなくなっています。
4番目の例では、「0552」が二重線で消され、「6BB」の刻印がその上部に刻まれています。
このミリタリー・クロノグラフは、先に述べたハミルトン、CWC、プレシスタ、ニューマークの4社が10年以上に渡って同じ規格に沿って製造したため、部品に相互性がありました。
よって、複数の会社の部品を寄せ集めて作られたミリタリー・クロノグラフも存在します。
例えば、ハミルトンの名前が入ったダイアルにCWCの名前が入ったムーブメントを搭載し、ずっと後期の支給年が刻印されたケースバックを合わせた時計が良い例です。
このように色々な会社の部品を組み合わせることは、「まがい物」を意味するわけではありません。
イギリス国防省お抱えの時計メーカーにとって会社間で部品を交換することはよくあることで、在庫を持つ会社が他の会社に部品を供給することは当たり前のことだったのです。
ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフは素晴らしい歴史のある実用的な時計です。
そしてこの時計は、英連邦兵士とともにあちこちの紛争を実際にくぐり抜けてきた正真正銘のツールウォッチでもあります。
それでいながら普段使いもできる使いやすさが、ハミルトン・ミリタリー・クロノグラフの最大の魅力ではないでしょうか。