高精度腕時計ブランド エクセルシオパークの歴史と魅力

 動画でエクセルシオパークの魅力と歴史を知りたい方はこちらから↓

本日の記事は、ほとんどの人が知らないし興味もないであろう『エクセルシオパーク』というブランドについて解説して参ります。

基本的に、腕時計というのはブランドネームが一番重要であり、その次に外観であり、あとは補足程度にムーブメントになると思います。

そして、エクセルシオパークはその最後のムーブメントに強みを持った会社でした。

しかし、やはりムーブメントの会社というのは技術力があって、ムーブメントという見えないところでありながらも、そのデザインは芸術です。

エクセルシオパーク 歴史 サンティミエ

 

 

目次はこのようになっております

1.エクセルシオパークの歴史

2.社名の変更とエクセルシオブランドに統一

3.エクセルシオパーク製ムーブメントを他社へ提供

4.ゼニスとエクセルシオパークの関係 

5.軍用の時計としてのエクセルシオパーク

6.クオーツショックの影響で倒産

 

最後にまとめとなっております。

それでは早速やって参りましょう。

 

エクセルシオパークの歴史

エクセルシオパークは1866年に、ジャンヌレという人物が創業した大規模な時計の会社で、ストップウォッチとクロノグラフの分野では最先端をいく会社の一つでした。

 

エクセルシオパーク 歴史 1866年

 

1888年にはジャンヌレの3人息子が事業を引き継ぎ、長男のアルバート(Albert)が代表として継承しました。

 

1891年には、懐中時計のクロノグラフの特許をアルフレッド・ルグラン(Alfred Lugrin)と共同で開発したものとして取得します。

アルフレッド・ルグランは、現在のマニュファクチュール・ブレゲであり当時の『レマニア』を立ち上げた創業者です。

レマニアについて、もっと詳しく知りたい方はこちらの動画をご覧ください↓

 

このようにエクセルシオパークという会社は、元々特許を取得することが出来るくらいの技術力を持っていたんですね。

 

 社名の変更とエクセルシオブランドに統一

エクセルシオパーク 部品

1894年、社名をジャンヌレ・ブラザーズ & Co.(Jeanneret-Brehm and Co)として、これまでの時計とは少し趣向の異なる、スポーティーな時計の開発に乗り出しました。

 

 

・クロノメーターモデルをエクセルシオールのブランド

・クロノグラフをコロンブのブランド

・リピーターをリゾー(Risoud)のブランド

 

で展開していきました。

1915年には、リピーター、クロノグラフを搭載した時計にもエクセルシオールブランドを使用し、1918年には社名もジャンヌレ・ブラザーズ エクセルシオパーク(Les Fils de Jeanneret-Brehm, Excelsior Park)としました。

エクセルシオパーク サンティミエ 広告


このように、当初はクロノメーターのブランドラインにエクセルシオールという名称が使われていたのですが、全てをエクセルシオで統一し、英語圏の市場で売り出すために後から「パーク」という部分も付け加えられました。

パークという発音は、英語圏の人々に馴染みが深いことから、認知されやすいと考えられていたんですね。

1920年代前半は、R.HジャンヌレとED.ジャンヌレの指導の下、エクセルシオパークは特にクロノメーターモデルとクロノグラフに注力していました。

 

エクセルシオパーク 製造 歴史

1922年には、エクセルシオパークから32種類ものストップウォッチが幅広く展開されました。

このストップウォッチはフットボールやラグビー、ホッケー、水球、ボクシングなど様々な場面で活躍しました。

エクセルシオパーク 歴史 1922年



このように精度の高いエクセルシオパークの時計は、様々なシーンで使用され1928年にはスイスを代表する、クロノメーター&クロノグラフのメーカーの一つにまで成長していました。

製品展開もさらに拡大し、カヌーやモータースポーツ向けのストップウォッチ、十進法のストップウォッチや、1秒で1周する針を使って1秒の100分の1まで計測できるストップウォッチも作られました。

翌年には新たなクロノグラフのシリーズも発売され、ラインナップが18から22種類に増えました。

これらのことから、エクセルシオパークの成り立ちを見ると、ストップウォッチ時代からかなりの技術力を持っていたブランドだというのが分かりますね。

ではここからは、腕時計ではどのようなポジションを確立していったのかを見てみましょう。

エクセルシオパーク 歴史 1928年

1930年代にアスリート向けのクロノグラフの人気が高まり、この分野でエクセルシオパークも成功を収めたので自社でキャリバーの開発も開始しました。

会社に大きなターニングポイントとなったのは、1938年のことでした。

この年に腕時計用のクロノグラフに、本格的に乗り出したのです。

エクセルシオパーク 1930年代

このムーブメントは当初、12/13と呼ばれていましたが、後にCal.42という名称に変わりました。

当初、ボタンは1つか2つで、計測できるのは30分もしくは45分まででした。

エクセルシオパークは小さく上品なクロノグラフでありながら、文字盤が読みやすいようにするための新たな性能として、スケールカウンター(目盛)の部分が斜めになるように作られました。

特許を取得したこの技術の発明によって、例えばテレメーターをタキメーターに、そしてタキメーターを脈拍計に変えるなど、そういったものがたやすく出来るようになったんですね。

 

エクセルシオパーク製ムーブメントを他社へ提供

エクセルシオパーク 1930年代 ムーブメント



エクセルシオパークが、成功を収め数多くの賞を獲得したことで証明されたのは、自社製のキャリバーを使用したエクセルシオパークの、高い評判だけではありませんでした。

エクセルシオパークはその精度の高さから、ギャレットやゼニス、ジラールペルゴといった他社の時計にも、クロノグラフムーブメントを供給していたのです。

エクセルシオパークのCal.42ムーブメントを使用している主なブランドに、ギャレットがあります。

そのため、ギャレットとエクセルシオパークには、ほとんど同じ時計が存在します。

それが、ギャレットのペットネームである『コマンダー』になります。

2つのそっくりな時計 ギャレット&エクセルシオパーク コマンダー

ギャレットの歴史について、詳しく知りたい方はこちらから↓

 

その後、エクセルシオパークはCal.4の次期型であるCal.40を発売し、このムーブメントも様々なブランドに採用されることとなります。

ギャレット エクセルシオパークCal.40

 

3時位置に30分計

6時位置に12時間計

9時位置にスモールセコンド

がレイアウトされています。

 

現在残ってるのが、ほとんどギャレット銘の個体ですがエクセルシオパーク、ジン(ZINN)、セリタ(Certina)などの無名ブランドに近いブランドにも採用されていました。

 

 

ゼニスとエクセルシオパークの関係 

1930年代は、ゼニスがスイス最大規模の時計メーカーとなっていました。

ゼニスは伝統的なデザインと精巧な技術で、様々な懐中時計と腕時計を開発し、懐中クロノメーターとボートクロノメーター6選で賞を授与されました。

1935年のヌーシャテル天文台のコンテストにおいて、ゼニスの展示にはトラベル時計、アラーム時計、電子時計が並べられました。

しかしその中に、クロノグラフはありませんでした。

当時、ゼニスはエクセルシオパークに頼っており、1938年にゼニスが初めて発売した腕時計のクロノグラフには、エクセルシオパークCal.42が搭載されていました。

30年近くもの間、ゼニスはエクセルシオパークにクロノグラフムーブメントを、供給し続けてもらっていたのです。

ゼニス-クロノグラフ-ムーブメントCal.143-6

こちらは、その後エクセルシオパークから供給を受けたCal.4を、ゼニスがリファインした「Cal.143-6」が搭載されています。

そして、ご存知のようにゼニスは途中からモバード社からムーブメントを提供してもらう事になり、さらに親密になった結果エルプリメロが完成したんですね。

モバードの歴史について、詳しく知りたい方はこちらから↓

 

軍用の時計としてのエクセルシオパーク

ムーブメント製造会社の自然な流れとして、基本的に強いムーブメントは軍用として採用されます。

これは、レマニアもモバードもバルジューも同じです。

そして、もちろんエクセルシオパークも、軍用の時計として採用されることになります。

採用されたのは、スウェーデン軍と日本軍です。

エクセルシオパーク クロノグラフ スウェーデン軍と日本軍の違い

どちらも、先ほど紹介した2レジスターのCal.4が搭載されており、洗練された美しさがありますよね。

エクセルシオパーク クロノグラフ スウェーデン軍

スウェーデン軍の方は、裏蓋にスウェーデンの紋章である3つのクラウンが刻印されています。

スウェーデン軍のミリタリーウォッチについては、こちらの動画で詳しく解説しております↓

 

エクセルシオパーク クロノグラフ 日本軍 航空自衛隊

スウェーデン軍は白文字盤であるのに対して、 日本軍は黒文字盤(経年変化によってブラウンになってますが)で納品されています。

日本軍の裏蓋を見ると、桜の文様とその下に分かりにくいですが、『航空自衛隊』と刻印が入っております。
エクセルシオパーク 軍事用 広告

 

 

 

クオーツショックの影響で倒産

エクセルシオパークは、1970年代までクロノグラフとクロノメーターを作り続け、この頃になっても創始者の子孫が会社を率いていました。

 

しかし、エクセルシオパークも1970年代のクォーツショックの厳しい状況に持ちこたえることはできず、1984年に倒産し終焉を迎えてしまいました。


時計を製造する道具を供給していたドイツのフュームという会社が、エクセルシオパークを復活させようと1986年に名前を使用する権利を取得し、ごく少数の製品でしたが、エクセルシオパークの名前を使ってクロノグラフを製造しました。

しかし残念ながら、これも長くは続きませんでした。

エクセルシオパーク フューム 1986年

まとめ

当時のライバルに匹敵するムーブメントに、ロンジン社の13ZNが挙げられますがこれらはどちらも、4番車に受けを持つ設計で高級機の複雑ムーブメントであり、高コストで製造されています。

エクセルシオパークが私を含めた、マニアの間で未だに人気なのはその作り込まれたムーブメントの品質にあると思います。

要するに、時計の外観の価値だけではなく、そのムーブメントだけでも充分に価値があるのです。

だからこそ、エクセルシオパークのムーブメントは、いろんな会社で採用されていたんですね。

さらに、エクセルシオパークの時計でも自社の銘を入れた時計は意外にも少なく、エクセルシオパーク銘が入ってるものは非常に希少性が高いです。

 今はなき忘れ去られたブランドではありますが、その技術力というのは本物でありその真価が再度認められるようになれば、1900年代のエクセルシオパークはまた、注目されるようになるのではないかと思います。