ジャガー・ルクルト(Jaeger-LeCoultre)の歴史
ジャガー・ルクルト(Jaeger-LeCoultre)はスイス・ジュラ渓谷にあるル・サンティエに本拠地を置く時計メーカーで、現在はスイスのリシュモン傘下に入っています。
もともと高級ムーブメントを作る会社として始まったジャガー・ルクルト。
ムーブメントの正確さ、信頼性、上品さを追求する姿勢は、時計作りにも反映されました。
ジャガー・ルクルトの時計はビンテージスタイルが特徴で、複雑な機械式ムーブメントから高級クオーツまで幅広く展開されています。
ジャガー・ルクルトの創業者は高精度計測機を発明し、そのレガシーを今に引き継いでいます。
世界で初めて一般向け腕時計にサファイア風防を採用したり、ポロ用リバーシブル時計・レベルソを開発したことは、最先端ブランドの証と言ってもいいでしょう。
コンプリケーションを制御する機能と時間を正確に刻む機能を別々に分けた「デュアル・ウィング」というムーブメントを開発するなど、ジャガー・ルクルトのブランドイメージは「正確性」という言葉で定義付けられています。
ジャガー・ルクルトは、時計のみならずムーブメントでも抜群の評価を得ており、製品テストが特に厳しいことでも知られています。
パテック・フィリップ、オーデマ・ピゲ、ヴァシュロン・コンスタンタンなど、名だたる時計メーカーがジャガー・ルクルトのムーブメントを採用しています。
ル・サンティエの職人
ジャガー・ルクルトの歴史は、スイス西部ジュラ渓谷に位置するル・サンティエの小さな村から始まります。
もともと鉄採掘が盛んな地域だったことからこの村には金属にちなんだ職人が集まるようになり、鍛冶屋や刃物屋、時計職人などが増えていきました。
冬の間は屋外で活動ができないため、長い冬が来ると時計職人だけでなく様々な職人が家にこもって時計部品を製造するようになりました。
このようにして、少ない材料から長い時間をかけてじっくり部品を作り出す職人技術の土台が作られていったのです。
ルクルトの発明
しかし村の人口は少なく、作業効率を上げるにはある程度の機械化が必要でした。
その要求に応えるかのように時計のカナを切り出す機械を発明したのが、アントワーヌ・ルクルトでした。
時計のムーブメントにとってカナはとても重要な部品であり、一定の品質のカナを素早く切り出すことができるこの機械は、作業効率を飛躍的に向上させました。
そして1833年、アントワーヌとフランシス・ユリスのルクルト兄弟は、自分たちの時計工房を設立。
アントワーヌは更に効率性・正確性を向上させる機械の発明を続け、1844年、ミリオノメーターを完成させました。
ミリオノメーターの発明によりミクロン単位、つまりマイクロメートル(1万分の1メートル)の測定が可能になり、ルクルト兄弟はこの重要な発明を専有化します。
1847年には鍵を使わず竜頭でゼンマイを巻き上げるシステムを開発し、巻き上げに鍵が不要となりました。
このシステムではボタンを押すとレバーが作動し、竜頭の時間設定機能と時計巻き上げ機能を切り替えられるようになっていました。
この時代、時計部品はジュラ渓谷の様々な職人によってバラバラに作られていました。
時計のムーブメント、ケース、組み立てを一貫して行える工房はなく、すべて別々の専門職人によって行われていたのです。
しかし1866年、アントワーヌと息子のエリーはLeCoultre & Cie を設立、すべての工程を一手に担える工房をスタートさせました。
ル・サンティエの発展
LeCoultre & Cie はジュラ渓谷で初めて、時計製作工程を1つの工場に集結させました。
アントワーヌには更なるプランがありました。
1870年、アントワーヌは世界で初めて、複雑なムーブメントの組み立て工程の一部を機械化することに成功しました。
そして同年、500人もの従業員を雇うようになったLeCoultre & Cie は、「ジュラ渓谷のグラン・メゾン」として名を馳せるようになったのです。
1881年アントワーヌはこの世をさりましたが、彼の功績により、ジャガー・ルクルトとル・サンティエの更なる近代化は確かなものとなりました。
1883年、ル・サンティエにはまだ電気のインフラが整っていなかったためルクルトの工場は蒸気発電機を設置、工場内に電気照明を導入しました。
1886年、時計産業のメッカへと発展したジュラ渓谷に鉄道が開通し、蒸気機関車がジュラ渓谷とスイスの主要都市を結ぶようになりました。
そして20世紀を迎える頃には、LeCoultre & Cie は数百種類のムーブメントを手がける有名会社へと進化し、ジュネーブにあるパテック・フィリップにムーブメントを提供する主要メーカーとなったのです。
ジャガーとルクルトの出会い
1903年、ルクルトはフランスの時計職人エドモント・ジャガーとパートナーを組み、ジャガーの設計した超薄型ムーブメントの製作に取り組みました。
ジャガーはフランス東部のアンドー出身で、シャンパーニュ地方マルヌ県にあるエペルネーという街に工房を構えていました。
パートナーとして信頼できる熟練した時計会社を探していたジャガーは、それにふさわしい会社としてLeCoultre & Cieを選んだのです。
事実、ジャガーのデザインは目を見張るものでした。
彼のデザインしたベーシックムーブメントは厚さ1.38mm、ミニッツリピーターは3.2mm、クロノグラフは2.8mmだったのです。
ルクルトはこれらのムーブメント製作に成功します。
そして1907年、ジャガーはパリの宝石・時計会社カルティエと1922年までの専属契約を結び、ジャガーのムーブメントがカルティエの時計に搭載されることが決まりました。
ジャガーとルクルトの協力はこれにとどまらず、Ed Jaeger Limitedという会社をロンドンに設立して、 車のダッシュボードに搭載する計器も共同開発しました。
カルティエとの専属契約期間中でしたが、時計やムーブメントに関する開発ではなかったため、契約違反にはなりませんでした。
アトモス:完璧な時を刻む時計
1928年、アトモスはスイスの発明家ジャン=レオン・ルターによって発明され、ルクルトによって製作が手掛けられました。
アトモスのガラスケースの中には密封されたカプセルが配置されており、そのカプセルの中には室温の変化によって拡張・収縮するクロロエタンガスが充填されています。
アトモスはこの気温変化に伴うガスの伸縮作用で生じる圧力を動力源としており、ほぼ半永久的に動き続けることができます。
1936年から1946年にかけて、ルクルトはアトモスを効率的に製造する方法を開発しました。
アトモスは長く使えるだけでなく、最高の精度も兼ね備えた時計です。
その輝かしい名声から、スイス政府からVIPゲストに渡す公式ギフトとして認定されています。
アトモスのムーンフェイズバージョンは、適温を保てる水平な場所に設置しておけば、3821年で1日の誤差しか生じないほど精巧にできています。
レベルソ:反転するスポーツウォッチ
1930年代初期、ジャガーとルクルトはまだ別々の会社でした。
当時のインドはまだイギリスの植民地で、現地に派遣されたイギリス人将校にとって、腕時計は時間を知るために必要不可欠なものでした。
しかしポロ競技を楽しむたび、その激しさから時計のガラスが割れてしまうことが多々ありました。
そこで、インドを訪れていたスイス人時計専門家セザール・ド・トレーの元に、ある将校から「ポロ競技でも安全に使える時計を探して欲しい」という依頼が舞い込みます。
ド・トレーが頼りにしたのが、どんな条件のムーブメントでも開発可能なエキスパートという定評のあったルクルトでした。
そして1931年、エドモント・ジャガーとアントワーヌの孫、ジャック・ダヴィッド・ルクルトは、フランス人技術者レネ・アルフレッド・ショボーと協力してこの激しいスポーツに耐えうる時計を開発、ケースが反転する腕時計、レベルソを発表したのです。
1931年の発表以来、レベルソのデザインはほとんど変わっていません。
レベルソは落ち着いたアールデコスタイルが印象的な長方形の時計で、フェイスの上下に配置された艶出しゴドロン装飾以外、ケースに目立った飾りはありません。
レザーストラップは表面にアリゲーター革、裏面に柔らかいカーフスキンを使用し、ケースにぴったりマッチしています。
ストラップとケースの間にも、ストラップの端と円錐型のラグの間にも、隙間が開かない構造になっています。
ケースを右に押すとロックが外れ、そのまま右にスライドすることができます。
ケースが完全に右側までくると反転し、フェイスが内側を向きスチール製のケースバックが外側に現れます。
この機能により、ポロのスティックやボールから時計のダイアルを守ることが可能になりました。
このレベルソ開発後の1937年、ジャガーとルクルトは正式に1つの会社となり、ジャガー・ルクルトが誕生しました。
ジャガー・ルクルトのムーブメント
ジャガー・ルクルトは、素晴らしい仕上がりの時計だけでなく、エボーシュ、つまり汎用ムーブメントの評判も高い会社です。
超薄型ながら期待を裏切らない頑丈さを誇るジャガー・ルクルトのムーブメントはそのほとんどが1960年代に開発され、そこから更に改良を加えたものも数多くあります。
世界三大ブランドと呼ばれるヴァシュロン・コンスタンタン、パテック・フィリップ、オーデマピゲはじめ多くのトップ時計メーカーが、エドモント・ジャガーの伝統を今に受け継ぐジャガー・ルクルトのムーブメントを採用しています。
その世界三大ブランドが独占的に採用しているのが、キャリバー920です。
1960年代に開発されたこの自動巻きムーブメントは厚さわずか2.45mm、パテック・フィリップが開発したジャイロマックスを採用しています。
ジャイロマックスとは、テンワにウェイトがいくつか付けられ、それが回りながら調整されることで精度のズレを直す機構です。
ウェイトの重い面がテンワの内側を向いているので、早く回転できるようになっています。
キャリバ-920は基本型の他に、デイト付き、デイトとセコンド付き、セカンドタイムゾーン付きの3つのバリエーションがあります。
2000年以降、このキャリバーの権利は同じリシュモン傘下のヴァシュロン・コンスタンタンに移り、キャリバー1120~1122として受け継がれました。
厚さ1.84mmのキャリバー839も、特筆すべきムーブメントです。
性能が似ているキャリバー838と一緒に語られることが多いですが、直径が大きくKIF耐震装置も採用しており、薄くても信頼できるムーブメントです。
この手巻きキャリバ-839はジャガー・ルクルトだけでなく、ショパール(Chopard)、IWC、ヴァン・クリーフ&アーペル(Van Cleef and Arpels)の時計にも搭載されています。
ポラリス:クラシックなダイバーズウォッチの再現
2018年、1968年に発表したメモボックス・ポラリスの50周年を記念して、新コレクションがリリースされました。
オリジナルのポラリスを忠実に再現した、アラームウォッチコレクションが発表されたのです。
メモボックス・ポラリスのエレガントなケースは直径42mmで、ベゼルの幅が狭いためにダイアル部分が大きくなっています。
この新しいメモボックスには初代メモボックス同様、珍しい並びの竜頭が3つ付いています。
一番上、2時方向に付いている竜頭を回すとアラーム用のゼンマイを巻き上げることができ、一段引き出して回せばアラーム日時を設定することができます。
一段引き出した状態で時計回りに回せばアラーム日付を、反時計回りに回せばアラーム時刻を設定することができます。
真ん中の竜頭は、双方向に動かすことのできるカウントアップ・インナーベゼルを操作することができます。
そして一番下の竜頭は、時刻を設定する通常の竜頭です。
針とアラビア数字/アワーマーカーには発光塗料であるスーパー・ルミノバが塗布され、ざらざらした質感のダイアルが反射を抑えています。
アラーム音を反響させる空間がケースバックに設けられているためケースは15.9mmと分厚くなっていますが、他のアラーム時計の耳障りな音とは違い、大きなケースにふさわしい深くて心地の良い音が鳴り響きます。
初代メモボックスはダイバーズウォッチでしたが、2018年の新作にはねじ込み式竜頭がついておらず、ジャガー・ルクルトは水中での取り扱いに注意するよう促しています。
超薄型の高級ムーブメントだけでなく、ビンテージスタイルの優雅な時計も作り出してきたジャガー・ルクルト。
昔も今も、そしてこれからも、素晴らしい時計とムーブメントを世に送り出す時計メーカーとしてその名を轟かせることでしょう。