ロンジンの初期のダイバーズウォッチの歴史

「ダイバーズウォッチ」の歴史は誰もが一応知っているでしょう。

1950年代に一般向けのダイビングが流行したことを受けて、各時計ブランドが大衆向けのダイバーズウォッチを作り始めました。

ロレックス、ブランパン、ドクサは、20世紀半ばのダイバーズウォッチと特に関りが深いブランド名で、これに続き他にも多くのブランドがダイバーズウォッチを製作してきました。

しかしこの時代の中で、特に好きなのはロンジンの歴史です。

以前は、かつてないほど最高の自社製のクロノグラフキャリバーを製造していることで知られれていた、ロンジンというブランドがダイビング向けにも展開しようと努めた歴史があり、その過程でとても素晴らしいダイバーズウォッチも作られました。

 

ロレックス、ロンジンとトリエステ号

1960年に、アメリカ海軍のバチスカーフを使ってグアムの沖へ行き、マリアナ海溝中央のチャレンジャー海淵と呼ばれる穴の、最も深いところまで行ってみたら面白いのではないかと考えた人たちがいました。

これを実行に移したのは、スイスの科学者ジャック・ピカールとアメリカ海軍大尉ドン・ウォルシュの2人でした。

彼らはこの人類史上最も海底深くへ到達した潜水について、9時間にわたる潜水が始まってしまうと「実のところ少し退屈だった」と後に語っています。

潜水においては、時間の計測が非常に重要な位置を占めるので、この潜水を成功させるために3社の時計が使われました。

ロレックス、モバード、ロンジンです。

 

ロレックスは完璧なマーケターで、水深10,916メートルまで深海へ潜水するバチスカーフに「時計」を縛り付けたら面白いのではないかと考えました。

そこで「ディープシースペシャル」という時計をピカールに渡し、潜水艦の外側に固定してもらいました。

ロレックスによると、潜水が終わった後にピカードから「ロレックスの時計は水深11,000メートルでも地上と同様に正しく動作したことを報告できうれしく思います」という電報がロレックス宛てに送られたそうです。

2012年には有名な映画監督のジェームズ・キャメロンが、ピカードとウォルシュの打ち立てた記録と同じ潜水を行うことになり、その際もロレックスがその挑戦を祝したことは間違いありません。

 

正直に言うと、ロレックスのダイバーズウォッチの歴史を詳しく学ぶまでは、トリエステ号の海底探検についてあまり知りませんでした。

なぜか海底探検はロレックスのPRスピンとともに語られることが多く、「海底探検のための時計」というような文言でロレックスの優れた技術を宣伝していました。

これは少し残念なことです。

というのも、宣伝に利用されることで、海底探検がいかに素晴らしい人類の偉業であるかが分かりづらくなってしまっているのです。

繰り返しになりますが、人類史上において最も深い潜水であり、地球の最も深くにまで到達したような極めて深い潜水なのです。

その潜水艦の外側に時計ブランドがちょっとした物を縛り付けたことなどは、この海底探検の偉業のほんの些細な補足に過ぎません。

ロレックス ディープシースペシャル

(バチスカーフ トリエステ号に固定され水深10,916メートルの深海まで潜水したロレックスのディープシースペシャル)

 

ロンジン:深海潜水

トリエステ号の潜水が行われた頃には既に、ロンジンもダイバーズウォッチを発売していましたが、その頃はまだロンジンといえばクロノグラフの製造能力が高いことで最も有名なブランドでした。

そのため、潜水艦の中においてバラストタンクの動作時間を計測するように、ロンジンのストップウォッチが2つ使われました。

ロレックス、ブランパン、ブライトリングといったブランドが海中での使用へと打って出ていった中で、潜水艦の中であったとしても潜水の役に立つことができる機会というのは、ロンジンにとってそれほど悪い話ではありませんでした。

トリエステ号 ロンジン 時計

(バチスカーフ トリエステ号の中でロンジンのストップウォッチが使用されました)

ロンジンも時計学における偉業の一端を担ったのは確かですが、やはり自らが偉業を成し遂げたと吹聴できる立場にはありませんでした。

1950年代後半にはロンジンも既に、ノーチラス スキンダイバーと、コンプレッサーを発売していました。

しかしその頃には、ロレックスやオメガといったブランドの製品が既に消費者の関心を集めていたので、ロンジンのノーチラススキンダイバーと、コンプレッサーはすぐに市場で成功を収めたとはいえませんでした。

ロンジンの時計が、トリエステ号の海底探検に関わったことは、ダイバーズウォッチの各社の争いの中で、ロンジンが自社の立ち位置を変える機会となりました。

 

ノーチラス スキンダイバー(型番6921)とロンジンコンプレッサー(型番7042)という、ロンジンが発売した初のダイバーズウォッチの紹介をするうえで、上記のような背景にも触れておきたかったのです。

この2つの製品は見た目こそ全く異なりますが、2つ合わせると1960年代までのダイバーズウォッチを完璧に表すことができます。

ロンジンのダイバーズウォッチは他の「輝かしいダイバーズウォッチ」の陰に隠れ見落とされてしまいがちです。

ロンジンの企業の歴史を見ても、ダイバーズウォッチに関する説明は一つもありません。

 

なお海底潜水で使用された3社のうち、もう一つのブランドであるモバードは、クロノメーター認定時計を作っており、トリエステ号でも使用されました。

 ロンジン レジェンドダイバー

(1960年代の切り抜きに、ロンジンがトリエステ号の深海潜水に関わったことが記載されています。)

 

ロンジン ノーチラス スキンダイバー 型番6921

ロンジン 6921

ロンジンから出た、初のダイバーズウォッチはノーチラス スキンダイバー型番6921という、外側に回転ベゼルがついた40mmのステンレス鋼モデルでした。

この時計には、石数19で18,000BPHとロービートでありながら独特な構造で作られた、ロンジンの19AS自動キャリバーが搭載されていました。

キャリバーの周りはペルラージュ仕上げが施され、ムーブメント自体は直径も厚みも小さいですが、その中で自動ローターが比較的大きな部分を占めているという作りです。

1952年に初めて発売されると、ロンジンの数多くのモデルに搭載され、複数のバリエーションのキャリバーが製造されました。

 ロンジン スキンダイバー 6921

 (販売当時のベゼルがついた、ロンジンのノーチラス スキンダイバー型番6921)

ロンジン ノーチラススキンダイバー 6921

(ロンジンのスキンダイバー型番6921)

ケースはErvin Piquerez, S.A. (EPSA)製で、ケースを封じる箇所は「コンプレッサー」というEPSAの有名な特許技術を使うことで、高い耐水性を実現しています。

水深が深くなると、裏蓋にかかる水圧が上がり、裏蓋がOリングガスケットに強く押し当てられることで、耐水性が上がるという仕組みです。

EPSAといえば、デュアルクラウンでインナーベゼルのケースが多いですが、ノーチラス スキンダイバーに使われているような、シングルクラウンのケースも作っていました。

スキンダイバーのシングルクラウンのリューズにも、コンプレッサー技術を使ったEPSAのケースに共通してついている、クロスハッチングマーク(格子状の模様)が施されています。

このコンプレッサーケースのおかげで、ロンジンの型番6921は水深150メートルまでの耐水性を実現することができました。

ベゼルが外側についているモデルは、壊れやすいベークライトという樹脂がベゼルに使われており、現在でも残っている時計にはヒビが入ったり傷がついているものをよく見かけます。

こうした理由から、ベークライトの代わりにアルミ製のベゼルに、大きな数字を刻んだものが作られるようになりました。

ノーチラス スキンダイバーについて詳しく説明するうえで一番面白いのは裏蓋の部分で、銛を持ったダイバーが刻まれているのが特徴です。

 

ロンジンの型番6921は、1950年代の終わりにほんの数年間だけしか生産されておらず、6921-1、6921-2、6921-3という3つの枝番を合わせても僅か550本ほどだと推測されます。(パテックフィリップの型番1518が281本生産されたのと比較すると、どれほど数が少ないかわかりやすいと思います。)

3つの枝番は、生産上のロットが分かれただけの違いです。

3種類とも文字盤も同じで、12時方向にロンジンのロゴがあり、6時方向に「Automatic」の文字が書かれています。

もし「Automatic」の文字がロンジンのロゴのすぐ下に書かれている文字盤を見かけたら、それは復刻版です。

時針は幅が広く発光塗料が塗ってあり、細い分針も発行塗料が塗られているので、時刻が読みやすくなっています。

ロンジン スキンダイバー 6921 オークション

(2017年にフィリップスで取引されたロンジンのスキンダイバー型番6921)

恐らく型番6921は他の競合するダイバーズウォッチの中で成功を収めたとは言えない結果だったために、ロンジンはすぐに別のダイバーズウォッチの型番7042にリソースを割いたと考えられます。

いずれにせよ、こうしたことから現代のヴィンテージ時計の世界で、この時計は非常に希少で収集価値のある時計となりました。

そのため、ノーチラス スキンダイバーはオークションに出品されると非常に高値が付きます。

2019年には型番6921-3がベゼルが無くなっているにもかかわらず(リューズも交換されており本物であるかどうか確証がないという問題も抱えていましたが)、Tooveysのオークションで約290万円に落札者のプレミアもついた価格で落札されました。

他にも以下のような取引の例があります:

・サービス部品のベゼルがついた型番6921がPhillipsで販売され、260万円以上で落札されました。

・Watches of Knightsbridgeでは復刻された文字盤とみられる時計が2015年に65万円以上で落札されました。

・Omega Forumsでは2017年に、当時のベゼル(塗り直しはされていますが)がついている時計をコレクターが100万円で落札しました。

・Matt Bainという販売会社により金額非公開で販売されました。

・@anticdaroという販売会社により金額非公開で販売されました。

こうした高額での取引の例からわかるように、世界の隅々まで探しても、発売当時の部品が揃った状態の型番6921を見つけるのは難しいことです。

スキンダイバーは詳しく知る人たちの間で高く評価されるに値するような、本当に希少なヴィンテージ時計です。

 

ロンジン スーパーコンプレッサー7042

ロンジン コンプレッサー  7042

(ロンジンのコンプレッサー型番7042)

ノーチラス スキンダイバーが、ロンジンのダイバーズウォッチ一族の忘れられた継子だとすれば、スーパーコンプレッサー型番7042はお墨付きのアイコンです。

ノーチラス スキンダイバーと同様に、スーパーコンプレッサーもEPSA製のケースを使用していますが、こちらはEPSAの有名なインナーベゼルで、デュアルクラウンのケースです。

当時、数多くのブランドがスーパーコンプレッサーのケースを使用していましたが、ロンジンはジャガールクルトやユニバーサルジュネーブと並んで、スーパーコンプレッサーを使ったメーカーの「三位一体」の一角を占めていました。

(IWC、ベンラス、ブローバ、エニカ、ハミルトンやその他にもスーパーコンプレッサーのケースを使用している数多くのブランドもとても素敵で、そうしたブランドを軽んじているわけではありません。)

ロンジンのスーパーコンプレッサーのケースは直径42mmで、水深100メートルまで耐水性があり、スキンダイバーと同じ19AS自動巻きキャリバーを動力としています。

スキンダイバーと同様に、EPSAに特徴的な格子状の模様のついたリューズが2つついており、2時方向のリューズはインナーベゼルを回転させるためのものです。

このスーパーコンプレッサーのダイバーズウォッチは、ベゼルが外側にある時計と比べると少しすっきりとして滑らかな見た目をしています。

実をいうと、私がEPSAのスーパーコンプレッサーのケースの時計に惹かれたのは、標準的な42mmのモデルに加えて36mmのモデルも手に入れやすかったということもありますが、このすっきりとした見た目の影響が大きいかもしれません。

型番7042は艶のある黒い文字盤で、3、6、9の数字の配置が目を引くデザインで、2時方向のリューズを回すとシンプルなインナーベゼルが回転するようになっています。

型番7042のうち初期に作られた「Mark1」ベゼルのモデルは15という数字の周りに1分ごとの点が4つついていますが、後に作られたモデルでは3つしか点がありません。

ロンジン 7042 Mk1 ベゼル

15の周りに4つの点がついており、「Mk1」ベゼルであることがわかります

また初期に作られた文字盤にの中には、3-6-9-12時を示す印に、後から作られたモデルによくある発光する線ではなく、ラジウムで発光する小さな点がついている非常に珍しいものもあります。

初期の文字盤のその他の特徴は、時間を指すメモリが発光する小さくて細いメモリなので、後のモデルの文字盤では発行塗料がたっぷり使われた太いメモリのため時間を計る道具という感じの見た目になっているのと比べると、より上品に見えます。

「Longinesoassion」によると、この初期の珍しい文字盤になっているのは型番でいうと7042-1と7042-2にあたり、ラジウムの発光塗料が使われており、「Swiss」の表記が6時方向にだけあるのが特徴です。

ロンジンが型番7042の生産期間の途中で、全社的に発光塗料をラジウムからトリチウムへ変更したことを反映して、型番7042でも後半に作られたものはトリチウムの発光塗料が使用されています。

Mk1ベゼルが使われているのは、初期のモデルと後期のモデルの両方とも見つけたので、Mk1ベゼルであるというのは、初期か後期のどちらかのモデルであるという判断材料にはならないと思います。

 ロンジン 7042 Mk1ベゼル 初期 文字盤

(Mk1ベゼルと初期の文字盤がついているロンジンの型番7042)

ロンジン 7042 後期 文字盤

(後期の文字盤デザインとなっているロンジンの型番7042)

シリアルナンバーや、受領証を見たところによると(例えばシリアルナンバー10xxのものがあることから)、ロンジンのスーパーコンプレッサーは、1958年には発売されていたことがわかり、ノーチラス スキンダイバーと同時期に生産されていたモデルである可能性が高いです。

スキンダイバーと同様に、当初のスーパーコンプレッサーが生産された期間も、ロンジンが改良した自動キャリバー290に合わせて型番7150へと切り替えていくために段階的に廃止するまでの僅か数年という短期間でした。

型番7150と当初のスーパーコンプレッサーは変化した点もありますが、当初のモデルの美しさを驚くほどそのまま引き継いでいます。

型番7150の枝番によってもバリエーションがあるので、7150の後継モデルについてはまた別の機会に調査することにします。

 

ほとんど出回っているのを見かけない、ノーチラス スキンダイバーと異なり、コンプレッサー型番7042は比較的簡単に、売りに出ているのを見つけることができます。

ただし、綺麗な状態の当初のモデルが簡単に見つけられるというわけではありません。

繰り返しになりますが、生産期間は1950年代終わりから1960年代初めにかけての僅か数年間で、専用の工具で作られたものなので、購入したいと思うような状態で残っているものは少ないでしょう。

ロンジン 7042 Mk1ベゼル 後期 文字盤

 (Mk1ベゼルと後期の文字盤となっているロンジンの型番7042)

 

ヘリテージコレクション:ダイバーズウォッチの復刻

ここ数年、ヴィンテージから着想を得た「ヘリテージ」コレクションが各ブランドから発売されて流行していますが、ロンジンはその先駆けとして復刻版を発売していました。

ロンジンはコンプレッサー型番7042から着想を得たレジェンドダイバーを2007年に発売し、ラインナップは拡大し続けています。

現在では様々な文字盤の色、サイズ、材質の時計が展開されています。

またロンジンは型番6921をもとにした、ヘリテージ スキンダイバーを2018年に発売しています。

個人的にはレジェンドダイバーの方が好みではありますが、あまり注目を集めていないヴィンテージのモデルにも敬意を表して、ヘリテージ スキンダイバーとして現代版として発売する価値は高いと思います。

 

本記事は、ロンジンの初期のダイバーズウォッチに関する導入のような内容に過ぎません。

何が当初の本物の原型であったのか、ダイバーズウォッチを分類する研究をまだまだ重ねる必要があります。

 ロンジン ダイバーズウォッチ 1

ロンジン ダイバーズウォッチ 2

ロンジン ダイバーズウォッチ 3

ロンジン ダイバーズウォッチ 4

ロンジン ダイバーズウォッチ 5

ロンジン ダイバーズウォッチ 6

ロンジン ダイバーズウォッチ 文字盤 

ロンジン ダイバーズウォッチ 7