南アフリカ空軍クロノグラフ レマニア 5012
南アフリカ空軍 (SAAF) は、プレトリアを本拠地とする、南アフリカ国防軍の航空戦部門です。
SAAF は 1920 年 2 月 1 日に設立された、現存する最古の空軍の 1つです。
SAAF は 1940 年代から 1980 年代後半にかけて、パイロットに腕時計を支給していましたが、以降は予算の関係で支給を中止しました。
1966 年から 1987 年に支給された腕時計は、飛行時に着用されただけではなく、周辺共産主義国家に支援を行っていたキューバ軍によって高まるソ連の脅威に対して実施された大規模かつ白熱した作戦に関連しています。
1940 年代から 1950 年代にかけてルクルト社や IWC 社の腕時計が、最初に支給されました。
レマニア社 (Lemania) は、1960 年代後半から 1980 年代後半に渡る 30 年近くの間、レマニア モノプッシャー 2220、レマニア 1872、レマニア 5012 を通じて代表的なメーカーとなりました。
その後、超近代的かつハイテクなセイコー社の腕時計が、第一線に立つようになりました。
本連載では、SAAF (南アフリカ空軍) が購入したレマニア社のミリタリー ウォッチ 3 種をすべて取り上げていきますが、今回は、前回のレマニア 1872 の記事に続く、2回目の記事となります。
レマニア 5012 (Lemania Cal. 5012) は約 40 年前に初めて SAAF に支給されました。
2020年は、SAAF 100 周年にあたるため、SAAF とレマニアのミリタリー ウォッチを特集するには、ふさわしいタイミングです。
レマニア 5012 は、SAAF と RAN (オーストラリア海軍) 向けにのみ製造された完全に軍用の腕時計です。 SAAF と RAN 向けでは構成とムーブメントが若干異なります。
レマニア 5012 の市販型は製造されていません。
起源
レマニア 5012 プロトタイプ
SAAF 最終構成 (AF 12178)
識者によると、1979 年半ばに レマニア 5012 のプロトタイプ 5 種類が SAAF に提示されました。
構成が決定すると、SAAF はレマニア 5012 を 800 個発注し、各 400個の 2 回のロットに分けて納品されました。
レマニア社からの直接購入だったかどうかは定かではありません。
初回ロット 400 個は 1980 年 3 月 19 日から 1980 年 5 月 5 日に納品されました。
2 回目の 400 個のロットは、1980 年 6 月 6 日から 1980 年 7 月 23 日に納品され、刻印のために SAAF のミリタリー ストアに送られました。
初回ロットの空軍管理番号 (AF 番号) の範囲は AF11422 から AF11821 で、次のロットでは、AF11825 から AF12224 となり、4ヶ月で 800 個が納品され、その後 6 年間でパイロットに支給したことになります。
次の資料の空軍管理番号のうち、上記の範囲外のものは、SAAF が調達した機器、航空機用時計、ストップウォッチ、その他の空軍用品を示しています。
SAAF 購入記録
サンプル収集と調査方法~レマニア 5012 は何個存在するのか?
AF xxx4
AF 20488
AF 12178
AF 11801
AF 11742
AF 11548
AF 118xx
AF 11988
RAN 5100
調査のために、筆者およびコレクター仲間のコレクション、ネット上で公開オークションにかけられていたレマニア 5012 をサンプルとして収集しました。
集めたサンプルは、詳細情報のすべてが明らかではない場合は、情報源としては使用していません (そのため、約5本を除外しました)。
調査のための情報をより正確なものにするため、他に入手可能なサンプルがある場合、情報をお寄せください。
オーストラリア海軍 (RAN) 向けのレマニア 5100 (www.heuerworld.com の Paul Gavin氏による情報提供 ) を除いて、以下のレマニア 5012 はすべて筆者の手元にあり、実際に存在すること、本物であることを保証します。
空軍管理番号とムーブメント番号
以下の表では、レマニアの空軍管理番号 (AF番号) と対応するレマニアのムーブメントの番号を示しています。
2種の番号の間にパターンを見つけようとしましたが、見つかりませんでした。
初期の空軍管理番号には、初期のムーブメント番号が紐付くという期待は誤りでした。
ロットで提供されているため、ムーブメントが混在しており、必ずしもオリジナルの文字盤、ケースバックやケースと対になっているとは限らないということがわかりました。
また、刻印を行う際、ロットから抜き出され、刻印されたものであることに注意する必要があります。
800 個すべてのケースバックに刻印を施すためだけのものであり、内部のムーブメントの番号まで意識していたとは考えられません。
表 1
番号
SAAF に支給されたレマニア 5012 のムーブメント番号はすべて 0400 で始まっています。
見つけた番号の内、最も古い番号は、AF 11984 でムーブメント番号は #04006125、最新の番号は、AF12108 でムーブメント番号は #04007056 です。
レマニア 5012 が 800 個しか支給されなかったとして、新旧のムーブメント番号の差は 931 となってしまいますが、この差は何が原因となるのでしょうか?
レマニアのナンバリング方式がどのように機能したのか、また連番だったのかどうかについても確証はありません。
SAAF の接頭番号は「0400」で一貫しており、続く 4 桁の数字は実際に製造されたムーブメントの数量を指しています。
また、忘れてはならないのが、最初のロットと 2 番目のロットの納品の間に 4ヶ月の期間があったことで、これが差の原因かもしれません。
興味深いことに、この時計の RAN (オーストラリア海軍) 版は接頭番号が「0401」で、SAAF 向けレマニア 5012 のムーブメントの振動数が毎時 21,600 振動なのに対して、RAN 向け 5100 のムーブメントでは、振動数が毎時 28,800 振動となります。
#4006229
レマニア Cal. 5012 (毎時 21,600 振動).
#4015621
レマニア Cal. 5100 (毎時 28,800 振動).
文字盤
レマニア 5012 の文字盤には、ミディアム ブラックの艶消しコーティングが施されています。
6 時、9 時、12 時位置と 3 時位置の日付の横に夜光塗料が塗布された長方形のアワー マーカーが配置されています。残りのアワーマーカーは、夜光塗料が塗布された丸型です。
各アワー マーカーの間には、細い白線のミニッツ マーカーが 4 本あり、10 分刻みで 10 から 50 が表示された固定インナー ベゼルまで伸びています。
このインナー ベゼルはプレキシグラスのくぼみの中にあり、圧縮されたプレキシグラスの圧力で所定の位置に保持されています。
日付は 3 時位置にある、枠のない窓の中に 1 から 31 の数字として表示されます。
日付のフォントにはすべて同じものが使われています。
サブセコンドは 9時位置に、10 秒刻みで描かれています。
他の多くのメーカーと異なり、レマニアはサブセコンドの表示を丸枠で囲んでいません。
12 時位置のアワー マーカーと文字盤中央の間に、ブランド名である「Lemania」と、その上に「王冠」のロゴが印字されています。
同位置で文字盤中央の下に「AUTOMATIC」の文字が印字され、インナー ベゼル手前、文字盤端で 6 時位置にある長方形のアワー マーカーの上部左右には「SWISS」と「MADE」の文字が印字されています。
プロトタイプ版を除き、文字盤にはバリエーションがありません。
プロトタイプ
以下の違いにご注意ください。
- 「AUTOMATIC」の位置
- 「SWISS MADE」が印字されていない
- 日付の囲み
SAAF 文字盤最終構成 (AF 12178).
針
レマニア 5012 の針は興味深いものです。
針のセットは、時針、分針、クロノ スイープ セコンド、飛行機型の中央ミニッツ カウンター、サブセコンド針で構成されています。
針の色が非常に興味深いのは、オリジナルで支給されたセットで、色の組み合わせがかなり違うものを見たことがあるためです。
表 1 では、見つかった色の組み合わせを示しています。
サブセコンドは常に白色です。
オリジナルでは時針と分針は、常にクリーム/黄色でした (AF 12108はパターンから外れており、塗り直しされたと想定して除外しています) 。
スイープ セコンドとミニッツの飛行機型の針にも、興味深い点があります。
オリジナルでは、真っ白な針(クロノ機能と通常の時刻表示機能を区別するためと思われる)と、時針や分針と同じクリーム/黄色の針の両方を見たことがあります。
この色の変更は第 2 ロットが納品されたときに実施されたと考えられます。
SAAF が微調整を要求したのかもしれません。
時刻表示とクロノグラフ機能で異なる色を使用することは理にかなっていると言えます。
スイープ セコンド針は、この時計に固有のものでしょう。
オメガ 861 のスイープ セコンドは、夜光塗料で塗装されているときは同じように見えますが、レマニア 5012 の針がソリッド エンドなのに対して、オメガ 861 では矢印型の針の先端は夜光性の小さな三角形となっています。
飛行機型の針も従来のオメガの針とは異なり、翼がより幅広く、後ろに広がっています。
レマニアは、同じ 5100 ベースのムーブメントを搭載した他のいくつかの時計でも同じものを使用していました。
そして、パイロット達の登場です。
退職して 10 年になる SAAF の時計職人と連絡を取ったところ、パイロットがクロノ針の先端にオリックス ヘリコプターの黄色や真っ赤な塗装を要求するのは良くあることだったそうです。
DH という名のその時計職人は、まだ黄色の夜光塗料の容器を保管していますが、1980 年代後半に化学者が特別に調整した極秘の希釈剤がすっかり蒸発してしまったため、今では塗料を適切な粘度にするのに苦労しているそうです。
DH が現在使用するものは、どれも乾きが早すぎて、かつてのような均一な軽い粉状の見た目にはなりません。
DH によると、保守期間中に時計の針を交換したり、夜光塗料を塗りなおすことは頻繁にあったそうです。
コレクターとしては、塗り直しで使われた純白やエレクトリック イエローではなく、オリジナルのくすんだ黄色の夜光塗料を残したいのだと納得させるのに時間がかかりました。
塗り直しでは、オリジナルのクリーム/黄色よりも黄色が強くなりました。
夜光塗料の粘度は軽い粉状で、黒い粉が塗布されたベースやセンターを残して、針全体を端から端まで覆っていました。
時間の経過とともに、一部の針は中心から変色しているようで、中心付近にごく薄い茶色の酸化が見られるものもありました。
針の変更/塗り直しの例
夜光塗料の経年変化は、様々な要因に影響されることに留意することが重要です。
これらの時計は、南アフリカの 2 つの主要な空軍基地、すなわち海抜約 1,500m で高温かつ乾燥したウォータークルーフ/スワートコップスと、海抜ゼロで湿度の高いランゲバンに置かれました。
2 つ場所の非常に異なる立地条件により、夜光塗料の経年変化の特徴は大きく異なります。
オリジナルと塗り直しの間では常に議論がありますが、レマニア 5012 は正式なパイロットによって使用される頑丈なツール ウォッチだと考えられます。
レマニア 5012 には、パイロットが搭乗する飛行機と同様に、定期的な点検スケジュールが組まれていました。
パイロットがクロノ針を真っ赤やオリックス イエローに塗装することを要求したのなら、目的があってのことであり、現在でも空軍オリジナルとみなされます。
スイープ セコンド針
ケースバック
支給された 800 個のうち、現在流通している数個は、空軍管理番号のすべてまたは一部が意図的に消されているようです。
筆者自身は空軍管理番号がついていない (故意に消されていない) レマニア 5012 を見かけたことはありません。
当時のミリタリー ストアのスタッフによると、すべての時計は SAAF に納品されるとすぐに刻印されるため、パイロットに支給されなかったとしても、刻印されていないものは存在しないはずだそうです。
パイロットは、代わりの時計をもらえるにも関わらず、時計を返還することに抵抗があったようです。
支給記録からパイロットに追跡されることを恐れて、空軍管理番号が消された時計がいくつかあるようです。
1990 年代前半に南アフリカ国防軍にいたので、国有財産に関する国防軍のシステム、国有財産の紛失、盗難、破損に関連する恐怖は理解できます。
ケースバックの刻印はパンタグラフ式で行われており、2 種類の機械、または 2 種類の刻印ヘッドを使用して実施されていたようです。
パンタグラフには数字が配置されたプレートがあり、ギア付きアームを通じてオペレーター側の大きな動きが、もう一方に取り付けられたケースバック上の小さな動きに変換されるようになっていました。
刻印は、ケースバックの平らな部分の上部 3 分の 1 または中央のすぐ上に施されました (中央に刻印された AF 20488を除く)。
AF 20488
順序の誤り
AF 11742
刻印が非常に薄い
AF12178
同じフォントだが、刻印が異なる
非常に異なる 2 種類のフォントやプレートが使われているように見えますが、同じステンシルを使用しても、オペレーターがかける圧力や使用するカッティング ヘッドの年式によって、違う結果になる場合があります。
フォントは、2 つの点で互いに異なっています。1 つは小さなフォントで刻印が深く、もう 1 つは大きなフォントで刻印が薄くなっています。
この 2 つのフォントが最初または第 2 のロットのいずれのものなのかわかりませんが、どちらのロットも 4ヶ月以内に SAAF に納入されているので、関連性はないと思われます。
新しいセイコー 150 が支給されるわずか 6カ月前 (1987 年頃) に支給された時計に小さなフォントの深い刻印がありました。
両方のロットは刻印後、ミリタリー ストアに送られ、そこで一カ所にまとめられ、その後ランダムに支給されたのではないかと考えられます。
そう考えると、支給タイミングと空軍管理番号のフォントに相関がないことも説明がつきます。
すべてのケースバックの内部は次のように刻印されています。
- ACIER INOXYDABLE
- 11001
- 11015
プロトタイプ 1 にもこの刻印がありました。
例外
何事にも例外はつきものです。
これまでに、通常とは異なる例外を 3 つだけ発見しましたが、うち 1 つはプロトタイプです。
違いはアウター ベゼルと数字 4 のフォントにあります。
この点は、SAAF レマニア 5012 のコレクター仲間であるユージーンから最初に指摘されました。
このフォントには 2 つのバージョンがあるようで、1 つは尖った 4、もう 1 つは平らな 4 です。
プロトタイプは 4 が平らなフォントのもので提示されましたが、SAAF がレマニア 5012 の最終デザインとレイアウトを決定後、4 のフォントは、平らなフォントから尖ったフォントに変更されたようです。
興味深いのは、インナー ベゼルと日付ホイールの 4 は常に平らなフォントであることです。
筆者が見つけた 3 つの例外では、すべてアウター ベゼルのフォントとインナー ベゼルのフォントが一致しています。
そのうちの 1 つは AF 20488で、他のどのパターンにも従っていないようです。
AF 20488 は、空軍管理番号の順序が誤っており、ケースバックでは通常とは異なる場所に異なるフォントで刻印され、アウター ベゼルの 4 のフォントは平らです。
しかし、#04006200 と #04007000 の間で約 300 のムーブメントに該当し、これは SAAF の支給順にも合います。
他のすべての比較において、AF 20488 は基本的に他の時計と全く同じです。
AF 20488 には以前の空軍管理番号が消された形跡もありません。
通常、パンタグラフで方向を変えた部分には、わずかに深い「穴」が残るため、痕跡を確認することができます。
最終的には、常に拡大鏡によって消された番号の痕跡を見つけることができました。
AF 20488
ベゼルの 4 のフォントが平ら
AFxxx4
ベゼルの 4 のフォントが通常の尖ったもの
プロトタイプ
ベゼルの 4 のフォントが平ら
支給されたオリジナルのストラップが付いた SAAF レマニア 5012 はまだ見つかっていません。
黒い革製の幅 20mm ハーシュ ストラップ (交換されたことが知られている) が付いたものは見たことがありますし、セイコーのスチール ブレスレットが付いたものも少数ながら見たことがあります。
SAAF は次に支給する予定だったセイコーのスポーツ ウォッチ用にセイコーのブレスレットのスペアを購入し、点検のために持ち込まれた時計の最後尾と交換していたのではないかと考えています。
レマニア 5012 の点検整備について、整備のために持ち込まれた時計は、初期は交換されていたと聞いています。
パイロットは元の時計を受け取らず、事前に点検整備用に購入されていた時計を受け取っていたことになります。
空軍管理番号がどのようにパイロットに再度紐付けされたかについては確信がありませんが、筆者の経験上、そのための規則と手順があったでしょう。
当初は部品の使用状況を追跡するために行われていましたが、パイロットがこれに腹を立てたため、時計職人によるパイロットの時計修理を許可したところ、修理や部品の使用状況を監査できるように、交換した使用済部品を保管しておくように言われたと聞いています。
1980 年代後半から新しいセイコーが支給されると、「古い技術」のものとなったレマニア 5012 は回収、破壊、廃棄されました。
DH は、返品された時計をハンマーで叩いたり、万力で押しつぶしたりして破壊した話を聞かせてくれました。
廃棄予定の破壊されたケースが入れられたバケツについて覚えているそうです。
また、当時の大尉が工房に乱入し、レマニア 5012 の部品やスペアを新旧問わずすべて処分するように命令した話も聞かされました。
DH は命令に従って、すべて処分してしまいました。
レマニア 5012 のうち、まだ支給されておらず、在庫だったものは、SAAF の地上勤務者に 1 人 1 個限定として 36 ランドで売却されました。
下の画像は地上勤務者の 1 人から購入した時計のものです。
購入者は自分の時計が数日前に動かなくなくなり、タイミングが良かったのでレマニア 5012 を購入しましたが、時計の電池を取り替えるまで数回着用しただけで、その後 30 年間レマニア 5012 をベッドサイドの引き出しの中にしまい込んでいたそうです。
AF 12178
SAAF 地上勤務者から購入 (1980年代後半).
結論
最近、1980 年代の SAAF チョッパー パイロットと話をしたところ、1980 年代後半に SAAF を去る際、レマニア 5012 を新しい SAAF セイコー スポーツ 100 と交換することを拒否され、非常に困ったそうです。
今にして思えば、幸運なことでした。
また、レマニア 5012 を所持する SAAF のシェフがいたため、パイロットたちが怒ったという話も聞かせてくれました。
パイロットたちは、この素晴らしい時計を、南アフリカ空軍のために、極限のスピードと大きな G の力と戦って飛行することで獲得したものだと考えていたからです。
また、友人の G からは、ブランデー 2 本と引き換えに准将からレマニア 5012 を購入し、准将と一緒にブランデーを飲み干したという話も聞きました。
すべての情報は、SAAF パイロット、ストア スタッフ、地上勤務者、DH(SAAF 時計職人)、および他のコレクターから収集したもので、できる限りの編集と解釈を施したものであることをご理解ください。
本記事の内容に矛盾する、あるいは補強するような情報をお持ちの場合、お気軽にご連絡ください。
ご寄稿いただいた Neil Herbert 氏に感謝します。